幼馴染じゃいられない4

そうしてそれまでの1,2ヶ月の距離が嘘のように、また近い距離になった2年間。
双方の母親も幼なじみで姉妹のようだったので、互いに合鍵も持っていたりするくらいだ。


そんなある日のこと…
その日は錆兎の両親は共に出張で一人きりなので外で食事を済ませて帰ってくると、そこで義勇の母からLineが来た。

いわく…今日、明日と出張で帰れない。
冨岡家の父親は単身赴任中なので、家には義勇しか居ない。
だから家の戸締まりと義勇のことをよろしく頼むとのことだ。

もうこのあたりが他人としてどうなのかと思うが、義勇の母親は錆兎のことをしっかり者のうちのお兄ちゃんと言ってはばからない人で、家の留守などは自分の息子では心もとないからと錆兎に頼んでくる。

だから錆兎も慣れたもので、どうせ一人では食事も取らない義勇のために簡単に食べられる物を作ってタッパーにつめると、戸棚から冨岡家の家の鍵を出して、隣の家へと向かった。

それでも一応は他人の家。
呼び鈴を押してはみるが、誰も出ない。

義勇は帰っているはずだが、風呂に入っているか、うたた寝でもしてしまっているのだろうか…

とりあえず家人に頼まれているのもあることだしと、錆兎は合鍵で入って鍵をしっかりかけると、一階から戸締まりと火の元を確認していく。

その途中で風呂も確認したが入っていなかった。
時間的にはまだ早いので眠る時間ではないが、義勇はうたた寝でもしているのだろうか。

ベッドで寝ているのなら良いが、たまに勉強机や床でコテンと寝落ちている時があるので、そうなら風邪をひかないように布団をかけてやらねばならない。

そんなことを考えながら、錆兎は義勇の部屋のある二階にあがった。

2階には風呂はないがシャワーだけある。
が、そこにもいないということは、やっぱり寝ているんだろう。

「…廊下の窓…開けっ放し。
二階と言えども夜なのに不用心だろう。
本当に…だから俺んとこに連絡くるんだぞ」

と、独り言を言いながら、ため息交じりに廊下の窓を閉じて鍵をきっちりかけていく。

…この分だと部屋の窓も開けっ放しだな…
と、錆兎は義勇の部屋の前へ。

当たり前にドアノブに手をかけて、寝てるなら起こさないようにとそっと回すと、暗い部屋の中から小さな小さな声…

…そう…自分の名を呼ぶ…義勇の……

最初は何か夢でもみてうなされているのかと思って、そっとドアを開けようとしたが、その声に混じって、くちゅくちゅと聞こえる水音に、錆兎はドアノブを握ったまま固まった。

これは……なんだ……?

──…っぁ……さ…さび、と………んぅっ……

甘い啼き声……夢の中なら…何度も聞いたことがある…。
いや…これは、また…夢……なのか…?

いつも夢を見て目が覚めるたび感じる罪悪感を、錆兎は今も感じている。
自分のドロドロした汚い欲望で、綺麗な義勇を汚したいと思っている自分を嫌悪する。
義勇はあんなに綺麗で純粋な信頼の気持ちを自分に向けてくれているのに…自分が義勇に向ける気持ちは欲にまみれた劣情だ。

こんな夢…見たくない。
ただただ義勇を大切に守りたいと思っていた、そんな夢を見たいのに、夢を見るたび自分の汚さを目の当たりにさせられる。
自分はどれだけ汚いんだ…と絶望しつつ、なんとか自分の欲にまみれた妄想から逃げるべくドアを閉めようとした瞬間、手の中に握り込んでいたキーホルダーが鍵とぶつかり、ちゃりんと音をたてた。

「だれっ?!!」
と、怯えた声がする。

ベッド脇のライトがつけられて、部屋にかすかな光が灯った。

「…え……ぁ……さび…と…?…」

義勇の青い目が大きく見開かれ…それから絶望したような顔になる。
それから目がせわしなく室内を見渡し、その視線が勉強机の上へ。
そして鉛筆たての中に無造作に放り込まれているカッターに手が伸びた瞬間、錆兎も部屋に飛び込んだ。

そして光る刃を自身に向ける義勇の腕を掴んで、カッターを取り上げる。

「…やだっ…やだっ、さび、…と…嫌わないでっ……嫌ったらやだっ……」
混乱して泣きじゃくる義勇からカッターを取り上げ、

「嫌ってないっ!俺が義勇を嫌うわけがないだろう?!」
と、腕の中に抱き込む。

「うそ…だっ…!…だって…だって、気持ち悪いだろう?!こんなっ…」
「…気持ち悪くない…」

「…ごめ……さび、と……ごめん……」

最初は腕の中から抜け出そうとしていた義勇だが、どうあっても抜け出せないとわかって諦めたように力を抜いた。

どう考えてもこれは自分が見ている夢だ…と、錆兎は思う。
いつもとはシチュエーションが随分違う気がするが、おそらく夢なのだろう。
だってこんな義勇はありえない。

だったら義勇が謝るのは間違っている。
夢の中ででも、義勇にこんなことをさせている自分が悪い。

「謝るのは俺の方だ…」
「…どう…して?」
「…お前にこんなことさせてる…
…汚したくない…いつもそう思っている一方で、欲情している…」

本当に…こうやって話している間ですら、手を出さないように最大限の理性をかき集めている錆兎だが、そんな良識を突き崩すように、涙目の義勇が言う。

「…汚されたい……もし…錆兎が嫌じゃないなら…俺は錆兎に愛されたい……」

いつもの夢よりはもったと思う。
少なくとも自分の欲に抵抗はしてみた。
それでも自分の欲は抑えられても、たとえそれが自分が夢の中で作り上げた自分に都合の良い義勇の言葉だったとしても、義勇を突き放すなんてことは錆兎にはできやしないのだ。

促されるままその小さな唇に触れてしまえば、もうだめだった。
そのまま義勇を引きずるように、二人で布団へなだれ込む。

これが愛なのか執着なのか…夢なのか現実なのかも、もうわからない。
互いに他の言葉などわすれてしまったかのように名前を呼びあい、愛しい幼馴染をただひたすらに貪りつくした。


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