電車通学になっても義勇は錆兎と路線が違うので最初は別々に通っていた。
それでもまあ、電車なら大勢の人の目があるので大丈夫だろう。
そう思って半月もしない頃…。
錆兎はもう慣れた道のりで、電車に揺られながら上方の電子掲示板に流れるコマーシャルに何の気なしに視線を向けていた。
流れていく景色ももう新鮮味もなくなっている。
広告でスタバの新作が流れたので、避けられているというわけでもないようだし義勇を誘って行ってみようかなどと思っていたその時だった。
振動するスマホ。
ちらりと発信元に視線をやって、電車の中だから…と、
「今電車の中だから2分待てるか?
すぐ駅につくからかけ直す。
非常時なら仕方ないが…」
と、こっそり小声で言うと、…待つと返答が返ってきたのでそのまま切る。
そうして本来は降りる駅ではないが迷いなく次の駅で降り、履歴から電話をかけ直した。
コール音一つでつながる通話。
『錆兎…忙しい時間にごめん…』
と、言う言葉と共に聞こえる幼なじみの半泣きの声に、錆兎はちらりと時間を確認して、まあ色々と諦めた。
「いや、大丈夫だ。
それより義勇、今どこにいる?
いざとなったら駅の職員が捕まえられる場所に移動しろ。
できれば改札口のあたりの邪魔にならない場所がいい。
迎えに行ってやるから」
そう言うと、電話の向こうの義勇はホッとしたようにそれを了承した。
義勇がいるのはちょうどここから電車で一つ行った先から乗り換えて3つ目の駅だ。
だから錆兎は即次に来た電車に乗り込むと、義勇の待つ駅へと急ぎつつ、電車の中でそのあたりの地図を確認して、話ができそうな場所を探した。
「義勇、待たせてすまなかった!」
錆兎が人混みをかき分けて近づいていくと、義勇はぎゅうっと自分の制服のブレザーを抱きしめるように抱えて心細げに立っていた。
そうして声をかけた錆兎に、心底ホッとしたように駆け寄ってくる。
「お前はここ定期の範囲内だよな?」
と、そんな義勇の腕を掴んで錆兎はそう言うと、自身は精算機で精算をすませた。
それに驚いたように目を丸くする義勇に、
「俺はここにくるまでにお袋にLineで家の事情で学校を休む旨を学校側に報告してくれるよう依頼しているし、おばさんにはうちのお袋から連絡が行って、おばさんが学校に今日お前が体調不良で学校を休むと連絡が入れているはずだから、安心しろ。
とりあえずここを出て5分くらい歩いたところに公園があるから、話はそこでな」
と、伝えると、義勇はびっくり眼のまま、それでも黙ってついてきた。
公園の前にはちょうどよく自動販売機。
なんだか今年はまだ肌寒くてそのせいかホットの飲み物が並んでいる。
そこで自分には無糖のコーヒー、義勇にはレモンティのホットをそれぞれ買って、そのまま人の居ない公園のブランコに2人揃って腰を掛けると、それを渡してやった。
「…あったかい……」
と、それで手を軽く温めたあと、頬に当ててほぅ…とため息をつきつつそう言う義勇が抱えているブレザーに視線を向けて、錆兎は
「着ないのか?」
ときくが、またへにょんと眉尻をさげた義勇から
「…濡れてるから冷たい…。汚されたから、洗った」
と返ってきて、思わず絶句した。
「上着…汚されただけ…だよな?」
否と言われたら本当に自分で自分がどんな行動に出るかわからない…
そんな気持ちで、しかし極力感情を抑えてそう聞くと、義勇がこっくりと頷いたので、どっと肩から力が抜けた。
「それで…上着びしょ濡れだしどうしたら良いかわからなくなって…つい混乱して錆兎に電話をしてしまったんだ。
ついこの前まで何でも錆兎に言えばなんとかなってたから…ごめん。
錆兎に学校サボらせるつもりはなかったんだ」
しょぼんと肩を落とす義勇に、なんとも言えない気分になった。
「馬鹿。俺に電話して良かったんだよ。
そんな危ない輩が乗ってる電車でこれから1人で通い続けてエスカレートするよりは、俺が知ってれば対処してやれるだろうが」
錆兎はそう言って、学ランの上を脱いでひどく寒そうにしている義勇にはおらせる。
「錆兎…これ…」
「不格好でも寒いよりはマシだろ」
「…でも…錆兎は寒くないのか?」
「寒くない」
「…そっか…ありがとう」
事情はわかった。
となると…あとは対処を考えるだけだ。
その日はそのまま錆兎の家に帰って義勇の上着を確認。
昨今流行りの水洗いOKの素材だったので、綺麗に洗って型崩れしないように干してやる。
「本当に…義勇は相変わらず変態を呼び寄せるな。
危なっかしくて放っておけないというか…。
もしかして…今日だけじゃなくて今までも痴漢とかにあってたりするのか?」
と言うと
「…そんなこと……」
と、黙ってうつむく義勇に錆兎はため息をついた。
「嘘はつくなよ?
もしそうなら俺も通学経路変えることも検討するし…」
「…え?」
「…え?じゃない。
俺が居れば痴漢なんて近寄らせないし、万が一近寄ってきても追い払えるだろう?」
そう錆兎が言った時の義勇の目…
深い青色の目が揺れた。
何か衝撃を受けているような…迷っているような…なんとも言えない色合いを帯びて…それからポロリと涙をこぼす。
──…さびと……
──…うん
──…さびと…さびとぉ…
──…うん、なんだ?
──…怖い…怖い…んだ…
──怖くない。俺がいるだろう?
こんな風に泣く義勇を見るのは久々だった。
のちにこの時の”怖い”…は、実は錆兎に離れていかれる事だったと知るが、この時はそんな事は知る由もなく、ただ、
──この半月ばかりの電車通学でよほど嫌な目にあったのだろうか…
と、思って、そっと頭をなでてやった。
するとしゃくりをあげながら小さな小さな声で…嫌わないで……と、言うので、思わず抱きしめた。
「嫌うはずがないだろう?…(たぶん…嫌う日が来るとしたら俺じゃない…お前の方だ)」
だいぶん子どもじみた様子だったから、久々に幼い頃のように純粋に、ただ泣いている義勇を慰めるためだけに抱きしめたのだった。
その日、錆兎は通学経路を義勇と一緒に通えるかなり遠回りになるものに変えさせてくれるよう親に頼み込んだ。
調べてみれば錆兎の高校は最寄り駅が2つあり、一つは今使っている、電車に乗る時間は短いが学校まで徒歩20分の駅、もう一つは電車に乗っている時間は非常に長いが学校まで5分の、義勇の高校の最寄り駅を通る駅だ。
後者の駅から行くなら、義勇に10分ほど早く家を出てもらえば、錆兎も遅刻せずに学校につく。
まあ…錆兎の方は家を出るのが30分ほど早くなって、定期代もあがるわけだが…。
それでもそちらから行きたいと言えば、親同士も幼なじみで仲が良いということもあり、あっさりと許可がでて、それからは錆兎は毎日、学校の行き帰りは義勇の学校の最寄り駅まで送り迎えをするようになった。
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