「昼ごはん作ってきた」
と、ムフフと笑った。
「どうせ錆兎は自炊しないから調理器具もないのだろう?」
と、幼馴染ならではの気遣いがありがたい。
「ああ、あとでコンビニにでも買いに行かなくてはと思っていたので助かった」
と、錆兎は素直に認めて、義勇を家にあげた。
自宅から持ってきたものはほぼ荷解きが済んだのだが、まだ何か足りないスカスカの新居。
それを物珍しそうに見て回る義勇。
「ずいぶんと広い所を借りたんだな」
という言葉には
「ああ、広い分には使わなきゃ良いが、狭いと思っても引っ越すのはなかなか出来ないだろう?」
と、返しておく。
まあ見て回ると言ってもバス・トイレ、洗面所、寝室にベランダ、空き部屋にリビング、ダイニングキッチンくらいしかないので、対して時間もかからない。
そうして最後にリビングに落ち着いて、義勇はカバンから重箱と紙皿、それに割り箸を出した上で、
「これ…引越し祝いだ」
と、包みを渡してくる。
「ああ、さんきゅ。開けていいか?」
「もちろん」
錆兎が受け取って包みを開けると、中からは色違いの狐模様のペアのマグカップ。
何故ペア?と聞くまでもないが聞いてみると、当たり前に
「俺と錆兎の。
毎回紙コップとかだともったいないし」
とニコニコ言うあたりで、ああ、入り浸る気満々だなと、錆兎はどこかホッとした。
今まで義勇が困ったり虐められたりしている時は錆兎が声をかけていたが、それ以外はだいたいは義勇の方がついて回っている感じだったが、錆兎だっていつも一緒の義勇と1週間も交流が全くないのには正直参っていたのだ。
だから1週間ぶりにこうして義勇と過ごすとなんだか安らぐ。
だが、その日はてっきり泊まっていくものだと思っていたら、義勇は
「明日も来るから…」
と、近くのスーパーで買ってきた弁当で夕食を済ませた後あっさりと帰ってしまった。
まあ義勇にしても物心ついて初めてくらいの大きな喧嘩のあとだったのもあって今日は様子見のつもりで準備をしていなかったのかもしれないし、今年は色々が重なって思いがけず10連休になったGWもまだ2日目であと1週間以上もあるから、1日くらいは泊まって行く日もあるだろう。
少しがっかりと拍子抜けした気持ちをそんな言葉でごまかしながら、錆兎は何も入っていない食器棚にぽつんと二つ並ぶ色違いのマグを眺めながら、ペットボトルのままミネラルウォーターを飲む。
料理ができないわけではないし、コップを洗うことも出来ない子どもでも当然ないが、一人きりだとそれすらも面倒くさい。
親元から離れて自立…はいいが、自分は案外一人だと駄目になるタイプなのかもな…と、錆兎は他人事のように思いつつ、飲み終わったペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。
「やっぱり温かいモノが食いたいよなっ!!」
翌日もテンション高くマンションを訪ねてきた義勇が抱えてきたのは今度は鍋だった。
いやいや、幼馴染とは言え友人の家を訪ねるのに鍋はないだろう、鍋は…という言葉をそっと飲み込む錆兎を背に、義勇はご機嫌でそれも持参した味噌汁をその鍋で温めている。
持参したエプロンを身につけて同じく持参したお椀に味噌汁を盛って、昨日と同様に持参した重箱弁当をテーブルに広げる義勇。
「今日はな、紙皿も味気ないから取皿も買ってきた。
ここに来る途中で寄った100均で可愛いのをみつけたんだ」
と、ほわほわ笑って洗って出してきたのは、たしかに可愛らしい狐の顔の形の平皿。
もちろんそれも二枚である。
その他にも狐の箸置きに狐の柄の箸。
どれもお揃いの食器を前に楽しげな様子の義勇は、その日も夕食後に帰っていって、翌日には前日に鍋から直接椀に注いだらこぼれてしまったから…と、おたまを持参できた。
もちろん今まで持ってきたものはすべて錆兎のマンションのキッチンに収納済みである。
こうして毎日毎日義勇が来るたび増えていくキッチン用品と食器。
どう考えても日々仕事が忙しく自炊出来ないであろう錆兎には必要のないそれらになんとなく義勇の意図が透けて見えてきた気がした錆兎は、連休7日目、義勇の帰り際に言った。
「あ~…明日は一日ちょっと用があっていないから来ないようにな」
錆兎がそれを口にした時の義勇の顔はちょっと胸が痛むような表情でしばらく忘れられそうにない。
それでも錆兎も譲れない一線があるのだ。
「…明日…一日?…明後日ならだいじょうぶ…か?」
おそるおそる聞く義勇。
否と言ったら泣きだしてしまいそうな、そんな顔をしている。
もちろん明日は出かける用事があるため駄目なだけで、明後日は構わない。
というか、明後日は出来得る限り足を運んで欲しい。
だから
「ああ、明後日は大丈夫だ。いつもくらいの時間な?」
と、笑って言ってやると、義勇の真っ青な顔に血の気が戻ってくる。
そうして心底ホッとしたように
「ああ。じゃあ明後日に」
と言うと、いつものように帰っていった。
こうしてその翌々日のことだ。
義勇はいつもの通りやってきた。
白米だけ炊いてきて、あとは鍋やフライパンがあって調理できるので食材だけ持参で。
そうしていつのまにやら増えた皿に作ったおかずを盛って、揃いの茶碗に白米、揃いの椀に味噌汁をよそって、頂きますと二人で手を合わせた直後に、錆兎の表情を伺うように、コテンと小首をかしげて言うのだ。
──そろそろ…炊きたてご飯が食えるように炊飯器が欲しくないか?
…と。
言うと思った。
本当にそろそろそれを言うと思った。
もう伊達に生まれた時から一緒にいるわけではない。
「義勇…」
「うん?」
「お前…俺が一人じゃ自炊しない前提でそれ言ってるよな?」
錆兎がそう言うと、義勇の視線が泳ぐ。
確定だ。
そこで、ひどく怯えた表情で半分泣きそうになりながらうつむく義勇が泣き出す前に…と、錆兎は
「さっさと越して来い」
と、義勇にチャリンとそれを投げて寄越した。
狐のキーホルダーについたマンションの鍵。
受け取った義勇はまじまじとそれを眺めて絶句した。
「い…いいのか?」
と、おそるおそると言った風に聞いてくる。
「良いも何も…そのつもりで食器も鍋も揃え始めたんだろう?」
「…ばれてた?」
「ここまでやってバレないと思うほうがおかしいだろ。
俺を誰だと思っている。
生まれた時からお前と一緒にいたんだぞ?」
そんな事を言いながらも、錆兎は今更ながら気づく。
義勇の気持ちには気づいていても、自分の気持ちには気づいていなかったらしい。
自炊もできないくらい忙しい一人暮らしなら、ここまで広い家を借りる必要はなかったのだ。
それでもこの広さにしたのは、きっとこの自分の半身が追いかけてくるはず、その時に狭くないように…と、無意識に思っていたからだ。
自炊する気もないならコンビニがあれば十分。
なのにわざわざスーパーまで歩いて3分の物件を探したのもきっとそのためだ。
義勇はしばらくほわほわとした表情で手の中の狐のキーホルダーを大切そうに撫でていたが、ふと何か思い出したらしい。
また思いつめた顔になる。
そうして泣きそうな顔で
「…あの…な、錆兎、とても嬉しいんだけど…俺……」
と、少しためらうように義勇が口にする言葉の先もきっと自分が予測している通りなのだと思う。
「同居ではなく同棲ということできちんと形が欲しいというなら、ほら」
と、錆兎もそれはさすがに投げずに小箱をテーブルに置く。
その言葉を聞いた時も、
小箱をおそるおそる開けて中を見た瞬間も…
そして、錆兎が少し悪い笑いを浮かべながらチラチラと自分の左の薬指に小箱の中身と同じデザインのシンプルな指輪をはめているのをチラつかせたのを見た時も、
義勇の顔はものすごいことになっていた。
「さっ…さびっ…さびとっ!!なんでっ!!!」
「義勇の考えていることなんて、全部お見通しだ。
どうせお前だってこの家来た時に、俺がお前も一緒に住めるくらいの広さにしたんだなとか思ったんだろ」
言われて義勇は少し考え込んで、
「確かにっ!!」
と、吹き出した。
そうしてひとしきり笑ったあとに、義勇はまた俯いて、おずおずと口にする。
「さび…と……覚えてる…か?」
という言葉の先もおそらく想像がついてしまうのが自分達だと錆兎は自分自身に呆れ返ってしまう。
もちろん言う言葉なんて決まっていて、錆兎はグイッと義勇を引き寄せると、その耳元に
──今度は…表面のあせもだけで済ます気はないぞ?俺の城に喰われに飛び込んできたのはお前の方だからな?飯を食ったら次はお前だ…
と、低くささやくと、パッと手を放し、
「じゃ、そういうことで頂きます!」
と、全身を真っ赤に染めて耳を押さえて突っ伏す義勇を前に手をあわせ、まずは義勇の手料理から平らげ始めた。
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