2人が一緒に暮らすまで_前編

小さな頃…自分の部屋の押し入れにライトとお菓子、ジュースを持ち込んで、幼馴染と一緒によく籠もっていた。

大人の目からは見えない二人だけの秘密基地。
薄暗いその場所には大人には言えない二人だけの秘密がいっぱいあった。


寝転びながらお菓子を食べるなんて親にバレたら叱られるようなこともやったし、いつも朝礼で長い話をするため嫌われているでっぷりとお腹が出た校長先生をメタボなんて呼んでみたり、幼馴染が姉の部屋からこっそり持ち出した二人が読むには少し大人向けらしい漫画を暗い中で読むなんてことまで、思いつく限りの悪いことをしては、二人でクスクスと笑いあったものだ。

そんな秘密基地の中でのとっておきの秘密は…いつもいつも錆兎の悪い遊びに引きずられるだけだった幼馴染が最初で最後、一回きり勧めて来たとびきり悪い遊び。

──これ…姉さんの漫画に描いてあった。好きな男の子と女の子でしかしちゃいけないことみたいだけど……やっちゃおうか?

その時、幼馴染に対する錆兎の認識が一変した気がする。

それまでのその幼馴染の印象は気弱で頼りない少年というものだったのに、その時の彼はまるで別人のようだった。

悪魔という生き物が本当に存在しているのだとしたら、きっとその時の幼馴染のような顔をしているに違いない…と、錆兎は思った。

どこか高揚したような潤んだ青い目はキラキラしていて、小さな唇の赤さに目が吸い寄せられた。
とても…綺麗で可愛くて…でもすごく悪いことを考えている…そんな顔をしている。

全てが甘く美味しそうで…でも食べたらいけないもの…そんな何かをその時その幼馴染に感じて、錆兎はごくりとつばを飲み込んだ。

いつも泣きながら自分のあとをくっついてくる幼馴染とは思えない。

手を伸ばしてしまえば何か本当に戻れない落とし穴にでも落ちてしまいそうな、そんな気分になって躊躇する錆兎の手を取って自分の胸に誘導しながら、

──錆兎…怖い?…それなら、いいけど……

と、嫣然と言う幼馴染に本当は少し怖いと思ったけれど、プライドが邪魔をして怖いなんて言葉は言えず、錆兎は

──怖くなんてない!

と、ぶっきらぼうに言うと、見せてもらった漫画のように幼馴染のシャツの中に手をいれて、わけもわからずあちこちを手とくちびるで触れていった。


初めて見る幼馴染の表情…。
切なげに眉を寄せ、唾液でぬれた唇からはひっきりなしに高い声があがる。
甘く啜り泣きながら、何度も錆兎の名を呼ぶ声になんだかひどく興奮した。

狭い押入れの中で暑かったせいか二人共最後は汗だくで、特に義勇は錆兎が全身をなめ回したせいで唾液まみれにもなっていた。

錆兎が強く触れすぎたのか真っ白な幼馴染の肌があちこち赤くなってしまったのを、親には汗を掻いてあせもが出来てしまったせいだとかごまかした時のドキドキはいまだよく覚えている。

まあそれはあまりに悪いことをしている気になって、一度きりでやめてしまったのだけど……


あれは確か小学校の3,4年生くらいの頃のことだったと思う。

そして今なぜそんなことをしみじみと思い出したかと言えば、あれから10年以上の時が過ぎ、無事社会人になった錆兎は秘密基地ならぬ自分の城…と言うには大げさかもしれないが、自分の住まいと言うものを持つに至ったからである。

まあ社会人1年目なので、自分の住まいと言っても当たり前に賃貸ではあるのだが…。

それでも錆兎の会社は割合と良いお値段の住宅補助が出る。
だから社会人として新居を探すにあたって、思い切って2LDKと一人暮らしには少し広い部屋を選んでみた。

住んで見て広い分には使わないでおくという選択を出来るが、狭いと引っ越すしかない。
でも引っ越しなんて度々出来るわけではないからな…と、自分自身に心の中で言い訳をしながら物件の契約をし、一人で掃除をして荷解きをした。

クローゼットのある部屋に、これも広々している方が良いだろうとセミダブルのベッドを置き、リビングには親からの贈り物のローテーブルとソファを置く。

もう一つの部屋の方が何も置かれずガランとしているのは、書斎に置くのに小学校時代から愛用していた勉強机はさすがに合わないだろうし、いづれ落ち着いたらいい感じの机を探そうと思っているからで他意はない。


社会人になってから初めてのゴールデンウィークの1日目はこうやって引っ越しのゴタゴタで過ぎていった。

しかしそんな風に忙しく立ち働いている時はあまり感じないが、それが終わると急に何かがこみ上げてくる。

都心の会社まで1時間半。
決して通えない距離ではなかったのだが、社会人になったのだし一人暮らしがしたかった。
親から独立したい…そう思うのは男としておかしなことではないだろう。

そんな錆兎の申し出を親はあっさり了承した。
母親など、ようやく夫婦二人の時間が持てるわぁ、などと、なんの感慨もなく、楽しげに息子を家から追い出してくれた。


この一人暮らしに反対したのはむしろ……

ピロンとそこでメールの受信音がした。
差出人は幼馴染。冨岡義勇。
そう、冒頭の秘密基地で遊んだ幼馴染だ。


母親同士も幼馴染でお隣同士。
生まれて物心ついた時にはすでに隣にいたという、もう幼馴染というより兄弟のような相手である。

月齢が義勇より一年近く上だった錆兎は、早生まれでどこか頼りない義勇を何かに付けて面倒をみてきた。
義勇もいつもいつも錆兎の後ろをついて回っていたし、小中学校は普通に公立で一緒。
高校も同じ大学の付属校に行ったので、社会人になるまで本当にずっと一緒だった。

環境だけではない。
休みの日には常にと言って良いレベルで二人で遊んだし、夜は隣同士だと言うのに毎日電話をした。

それは何かを話すためと言うよりは時間を共有するためと言った方が良いのかも知れないレベルで、義勇はいつも電話をしながら眠ってしまう。

一度、錆兎は眠いなら電話を控えるか?と聞いたのだが、義勇は電話をしていることで錆兎がそこにいるということを感じていたいのだなどと言うので、毎日義勇が眠ったタイミングで電話を切るというのが錆兎の日課になった。

そう、とどのつまり、唯一この一人暮らしに反対したのは、そのいつも一緒の幼馴染、義勇なのであった。

それはもう、泣き虫だった頃の小学生に戻ったかのように泣いて泣いて泣いて…最後は、──もういい!!の一言で終わった気がする。

引っ越しの話をした1週間前から、それまでは毎日欠かさずにあった電話もない。
こちらからかけても良かったのだが、義勇もまだ落ち着かないだろうしやめておいた。

そうして久々に来たのが電話ではなくメールというあたりで、義勇も落ち着いたのだなと錆兎は思う。

元々気弱なところのある義勇なので、最後に義勇自身がキレたことで錆兎が怒っているのではと気にしているのだろう。

そう思ってメールを開いてみると、本文はなくて、件名だけ。
伝えてきたのはたった一言…──新居に遊びに行っていい?…で、その一言を送るのにかなり勇気を費やしてドキドキしながら送ってきているのであろう義勇の可愛い姿が目に浮かんで、錆兎はついつい笑ってしまう。

そうして錆兎の方も──いいぞ…と、件名だけのメールを返して、翌日を待つことにした。

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