一方藤達と分かれたコウ達3人。
大勢の後輩達に囲まれて廊下では通行の邪魔なのでとりあえず手近な華道部の展示室へ。
「できれば閣下も入って頂けると♪」
コウとフロウ二人でアイドル並みだ。
アオイはそれを少し遠目に手持ち無沙汰に眺めている。
「どうせならジュリエットの衣装着て頂いて写真撮りたかったなぁ…」
等と言う声もあがって、
「そだ、ちょっとだけドレス借りちゃいましょう!」
と、何人かがフロウを劇用の道具が一式管理されている演劇部の部室へ引っ張って行く。
「サイズは合うはずです♪着て下さい~♪」
と返事も聞かずに制服を脱がされてジュリエットのドレスに袖を通すフロウ。
「懐かしいですねぇ…」
着終わると制服をたたんでいったん、小道具の側に。
その時ふと小道具の短剣が目につく。
「あ、どうせならこれも持って行っちゃいましょう♪予備と二本あるみたいですし♪」
と、ラストで使う短剣を1本手に取った。
「きゃああ~~伝説の優波姫のジュリエット~!!」
隣の華道部に戻るともう大騒ぎである。
本来役としては14歳という事なので毎年中等部の3年生が演じる事になっているのだが、フロウは華奢なので、充分可憐なジュリエットっぽさをかもしだしている。
「お化粧…なんてするまでもないですねぇ…」
うっとりとする一同。
華道部のいけた花をバックにフロウとコウを挟んで写真を撮る下級生達。
そんな集団を通りがかりの外部の…男子学生とかが見て写真に収めようとすると、
「優波姫を勝手に撮らないで下さいっ!」
と、ザザっと女子高生達は壁を作って阻止する。
お嬢様学校の中でもお姫様オーラ漂う一般人離れした美少女のフロウは、下級生には憧れのお姉様らしい。さらに一般人からはるかかけ離れた美形のコウがその側に寄り添う図が少女達を喜ばせている。
アオイは空気になりきってその取り巻きの少女達に交じっていた。
はっきり言って…所在ない。
ユート…どうしてるかなぁ…と、普段ならこんな時に一緒にいてくれるユートを思い浮かべる。
そして…ゴソゴソっと携帯を取り出してユートにかけてみるアオイ。
もしかしたらもう用件は終わってるかも知れないし…と思ったが、留守電。
しかたなしに
「もしもし…アオイです。
今ね、聖星来てるんだけど、用件終わったら合流できない?返事待ってます」
と吹き込んで切る。
留守電になっていたわりにすぐメールが返ってきた。
”今ちょっと屋上いるんだけど、こっちきてくれる?”
ホッとした。
ようやくこの場違いさ満載の空間から退出できる。
アオイは側にいた下級生らしき子にユートに呼ばれているから席を外す旨の伝言をフロウに伝えてもらえるように頼んで屋上へ急いだ。
人でにぎわう廊下を駆け抜け、屋上へ続く階段へ。
下方向に行く人は多いが、何もない屋上へ行こうという人間はいないので、すっきり人のいない階段をかけあがる。
階段を上がりきると屋上のドアはあいていて、目前には青空が広がっていた。
一歩足を踏み入れると、左側には大きなマリア像。
右側には何もない。
「ユート?」
声をかけるが返事がない。
しかたなしに外に出てグルリと階段の裏側に回り込んだアオイの目に二つの人影が入った瞬間、急にすごい衝撃が来て、アオイは意識を手放した。
「優波先輩、お友達の方から伝言なんですけど…」
記念写真希望者と一通り写真を撮り終わってフロウが抱えている花を華道部に返していると、アオイの伝言を下級生の一人が伝えにきた。
伝言を聞いたフロウはちょっと天井を見上げて考え込む。
「えと…ね、私もすこ~しだけ席を外すので、聞かれたらここで待っててもらうようにコウさんに伝えておいて下さいな♪」
女子高生に囲まれているコウにチラリと目を向けるとフロウはコソっとそう言って、たたんでおいてある自分の制服に短剣を置いて教室を抜け出した。
ドレスの裾を翻して廊下を疾走するジュリエット…目立ちまくりである。
道行く人が歓声を上げて振り返って行くのにも構わず屋上への階段をかけあがり、開いたドアから外へ出た瞬間…フロウもまた意識を失った。
「…姫は?」
女子高生達に質問攻めにあっていたコウがフロウがいなくなった事に気付くまでそう長い時間はかからなかった。
ほんの5分といったところだろうか…。
「あ、少し席をはずされるということで、聞かれたらここで待ってて下さいと伝えて欲しいと…」
コウは一瞬考えこんだ。
トイレ…とかならいいが…何か行事とか旅行とかだと毎回のように事件が起こっているので、なんとなくそういう消え方をされると怖い。
念のため、と、携帯をかけてみるが留守電。
この時点で即決断を下した。
「姫が戻ってきたら、ここで待つ様にいっておいて下さい」
と、言い置くと部屋の外に飛び出す。
幸い消えた時の服装はジュリエットだ。目立つ。
道行く人に聞くとすぐ屋上方向に向かった事がわかる。
コウはそのまま迷わず階段を駆け上がって屋上へ。
「姫?」
声をかけて左右を見回したコウの顔から瞬時に血の気が引いた。
一瞬足が凍り付いたように動かない。
「姫…姫っ!!!」
しかし次の瞬間、はじかれたようにマリア像の元に横たわるジュリエットの所へと駆け出した。
すぐ側まで来て立ちすくむと、横たわるその華奢な少女を見下ろす。
肘まで白い手袋に覆われた手を胸の上で組み、静かに目を閉じているフロウの横に恐る恐るひざまづき、祈る様な気持ちで首筋に手を当て脈拍を確認して、次の瞬間、コウは大きく息を吐き出した。
…生きている。
安堵のあまり全身から力が抜けた。
とりあえず…と、コウはフロウを抱き上げて校舎内へ戻り、医務室へと連れて行く。
ジュリエットを抱えて校内を歩いているのだから、当然目立ち、藤達も人づてに耳にしたらしくかけつけてきた。
「姫倒れてたんだって?!具合どうなのっ?!」
途中フロウの制服を取ってこちらへかけつけてくれたらしい。
藤は制服を隣のベッドに置くと、ベッド脇で付き添っているコウに声をかけた。
「一応…脈や呼吸は異常ありません。発見した時はマリア像の足元で…倒れていたというよりは寝かされていたという感じだったので…本人が起きたら事情聞いてみます」
コウは青ざめた顔のままそう言うと、ベッドの上のフロウに目を落とす。
「俺が目を離してから姫を発見するまで10分くらいだと思うんですが、発見時は胸の上で手を組んで横たわった状態だったんですよね…。
ってことは…体調不良で倒れたとか自分で眠ってしまったとかではないと思うんですが、かといって姫を眠らせてそんな所に放置する意味がどこにあるのかが疑問で…」
「そもそもさ、姫はなんで屋上なんて行ったの?」
「それも不明です」
「アオイちゃんは?」
「あ…」
その言葉にコウはハッとした。
「ちょっと待て。俺が聞いてきてやる。
藤さん、念のためコウの側離れない様にお願いしますよ?」
と、和馬が医務室を出て行く。
自分で足を動かさない男だった和馬が随分マメになったものだ、と、その様子にコウは感心した。
「変な事に巻き込まれてないといいね、アオイちゃん。
さっきの電波の子とかに遭遇したりとかさ」
「ですねぇ…」
残された二人は並んでため息をつく。
「元々は弟じゃなくてユート君のストーカーでしょ?」
「ですね」
「遭遇しても撃退とか出来なさそうだもんねぇ…姫と違って。ま、私も他人の事言えないけど…」
藤が言って伸びをする。
その胸元にはペンダント。
それに気付いてコウはクスっと笑った。
「そんなもんつけててですか?」
と指をさすと、藤はちょっと照れたように笑う。
「ああ、これ?前の旅行の帰りに弟達の会話聞いて欲しくなってさ、両方用意したのは私だよ?」
互いのネーム入りの小さなペンダント。
「でも和馬はちゃんとつけてるんでしょう?
あいつは自分が嫌なら容赦なく断固として拒否する男だから。人間の好き嫌いも激しいし、本来他人甘やかすタイプでもない。
他人の都合で動くなんてもってのほかの人間ですよ。
あいつにしてはありえないほど特別扱いしてると思いますけどね、藤さんの事は」
「だといいけどね」
「たぶん…電波が自分に粘着して藤さんの方にとばっちり行く様な事したなら、藤さんが撃退するまでもなく、和馬の方が容赦なく…再起不能になるほどの報復に出る事請け合いです」
その言葉に藤は
「あ~、なんか目に浮かぶようだよねっ。その手の事は得意そうだっ」
と、吹き出した。
そんな事を話してると噂の主からコウに電話がかかってくる。
『俺だ。例の女子高生は姫より5分ほど前にその辺の奴に、席外すって姫に伝えてくれって言って教室でてる。
行き先は言ってなかったらしい。で、まだ戻らん。他に聞いて欲しい事はあるか?』
言われてコウは少し考え込む。
「アオイがその伝言頼む前とかに電話とかしてたとかはないか?」
『ちょっと待て。聞いてみる』
二人がそんなやり取りをしている間、藤は少し崩れたフロウの制服をたたみ直そうと手に取った。
そこで制服の上にあった短剣が転がり落ちたのに目をやって、少し懐かしそうに微笑む。
フロウとロミオとジュリエットを演じたのはもう3年も前になる。
6年前に亡くなった最愛の友人の桜によく似た後輩を見た時は本当に胸が高鳴ったものだ。
配役が決まって学祭が終わるまで、毎日毎日一緒で送り迎えまでしていたっけ…綺麗な細工の鞘から短剣をだしていじりながら藤はそんな事を思い出している。
(…あれ?)
藤はふと気付いてソ~っと短剣の刃先に指で触れてみた。
…痛い。
指はさすがに…なので、藤は今度はその刃先を鞘に当てて少し力をいれてみる。
「何…してるんですか?藤さん」
結局、席を外すと言う話をする前にアオイは電話をしていたらしいという事だけ確認して和馬との通話を終えたコウは、藤の謎な行動に眉をひそめて聞いた。
「いや…引っ込まないなと…」
「引っ込む?」
「うん。劇用の短剣はさ精巧な作り物でね、ほら、刺すと引っ込む奴あるでしょ、よく。
あれを使ってるの。でないと怪我するじゃない?」
藤の言葉にコウは藤の手の中の短剣に視線を落とした。
「それは…そういう奴じゃなくて本物です?」
「うん」
「ちょっとまだ和馬いると思うんで聞いてもらいます」
といって慌ててまた和馬に電話をかけた。
短剣はフロウがジュリエットの衣装に借りた際、たまたま小道具の所にあった2本の短剣のうち1本を拝借してきたもので、今和馬が見に行った所もう一本の短剣もいつのまにか消えているらしい。
そして和馬から状況を聞くと、コウは今度は藤を振り返る。
「藤さん…藤さんの時は短剣て一本でした?」
「一本て?」
「つまり…予備とか用意してたとか…」
「ああ、ないよ~。そんなしょっちゅう使う物じゃないし、壊れない事前提でしょ、こんなん」
スチャっと短剣を鞘に戻して藤は肩をすくめた。
嫌な予感がする…。
「でもさ…なくなってるのは刃が引っ込む方の短剣なわけだから…無問題じゃない?」
コウの気持ちを読んだのか、藤が短剣を制服の上に置いて言った。
「そう…なんですけどね…。誰かがわざわざ刃の引っ込む演劇用の短剣と同じ様な本物の短剣を用意してきたというのは…なんか嫌な感じが…」
「まあ確かにねぇ…。
これからあと半年、卒業まで姫が通う学校で怪しい事って嫌だよね」
「です。実際…姫が何者かに眠らされたわけですし。
関連性がある可能性も低くはないですからね」
そんな会話を交わしている間に和馬が戻ってくる。
「コウ…ちょっと気になる事がわかったぞ」
入ってくるなり言う和馬に
「気になる事?」
と、コウは顔をあげて眉を寄せた。
それに和馬はうなづいた。
「その短剣…演劇部が用意した物じゃないっぽいぞ。
一般生徒が拾ってロミオとジュリエット用のと思って演劇部の部室に置いてきたらしい。
こっちの短剣の持ち主は不明。
だが本物の方の演劇用の短剣が消えていたのは、おそらく今ここにある短剣の持ち主が持って行ったんじゃないかと思う」
「誰かがわざわざ作ったレプリカか…」
コウは考え込んだ。
「まあ…とりあえず姫着替えさせようか。短剣は最悪それっぽいのを使って刺すフリでもいいけど、ジュリエットの衣装ないと劇できないだろうし…」
言って男二人ついたての外に追い出して藤がフロウを着替えさせる。
それでさすがに気がついたらしい。
「…藤…さん?」
若干ぼ~っとした声。
「ああ、姫気がついた?」
「姫っ!平気かっ?!」
コウはついたてに駆け込んで硬直。
「悪いっ!」
と、慌ててついたてから飛び出た。
和馬がうつむいてクスクス笑う。
「何?つきあって1年以上たってて清い仲?旅行で同室にまでなっておいてありえんな」
「しかたないだろう、旅行とかだとたいてい事件が起こるから危ないし」
ムスっとコウはソッポをむき、藤は心持ちホッとした様な表情を浮かべた。
なんとなく…亡くなった最愛の親友に似たお姫様にはもうちょっと清らかなままでいて欲しいと言ったところか。
「シスコン…」
ついたてで表情も見えないはずなのに、そんな藤の様子を読み取ったように和馬がボソっとつぶやく。
「悪い~?!」
と、藤もそれを否定しない。
ジュリエットの衣装を脱ぐと光沢のある淡いピンクのスリップ。
その下には染み一つない雪の様に真っ白な肌…。
ジュリエットの衣装の後ろの留め金を外すのに肩口から前の方に垂らした黒髪がその真っ白な肌と見事なまでに美しい対比を見せる。
気を失うまでの話をフロウから聞き出しながら、その優美な曲線を描くうなじから背中のラインに目をやった藤は、ふと一点に目を留めた。
かすかに紅い跡…。
藤の柳眉がつりあがった。
「弟っ!警察呼んでっ!!」
「どうしたんですかっ?!」
コウはついたてに駆け寄って一瞬迷い、しかしすぐ意を決した様に中に入った。
「これ…」
藤が背中の肩の少し下あたりを指差す。
「多分…スタンガンとかそういうのの跡だと思う。意識失ったのはそのせい」
その藤の言葉が終わる前にコウはすでに携帯を取り出している。
「もしもし…お忙しいところ本当に申し訳ありません、碓井です。
今聖星女学園にいるんですが…傷害事件として捜査員を送って頂きたい。
詳細は…女子生徒がスタンガンのようなもので気を失わさせられて屋上に放置されました。
それ以上の被害は何もないんですが…いたずらにしては使用した物が物ですし、悪質すぎますし、二次被害の怖れもありますから。
あとできれば…非公式に俺に仕切らせて頂けると嬉しいんですが。
今回の愚か者には絶対に警察の牢の中で人生後悔させてやりたいので」
コウのキツい表情がいつもにもましてキツくなっている。
電話の相手は海陽のOBで本庁の警視、加藤だ。
『察するに…被害者がお姫様か?』
電話の向こうで加藤が聞く。
「はい」
即答するコウ。加藤が
『”法的な域を超えて”暴走する男ではないよな?お前は』
と、確認を取ってくるのに、コウは
「もちろん。そんな愚か者のために自分が犯罪者になるつもりはありません」
ときっぱり言い切った。
『わかった。多少慣れてた方が使いやすいだろうし、赤井を送ってやる』
かなり無理な要請を、それでも加藤は聞いてくれるらしい。
「ありがとうございます。ではこちらでも学校側に話をしておきますので、宜しくお願いします。」
厳しい顔で電話を切ったコウを見上げる藤。
「ということで…学校側への事態の説明と報告をお願いします、藤さん」
コウは言って制服のポケットからスチャっと手袋を出してはめた。
「これは…なかなか面白い事になってきたな。」
少し顔を強ばらせながらも、あくまで口ではそう言って和馬は自分も携帯を取り出してどこかへかけた。
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