ギルベルトさんの船の航海事情_33

──大丈夫!髪なんてすぐ伸びます。

お姫さんが甲板の上、風に吹かれてサラサラと髪をなびかせながら笑う。
潮風が心地いいですね、と、とても楽しげに


でもたなびく髪は短くなってしまった。

もちろん髪が長かろうが短かろうが、その愛らしさは何ら欠けるものではなく、ギルベルトにとって大切な大切なお姫さんには変わりないのだけれど

でもいつも色々と綺麗に編み込んだりしていた長い髪がかなり失われてしまったのは、お姫さん自身は本当は悲しいだろう。

それでも彼女が微塵もそんな様子を見せないのは、彼女の優しさゆえだと思う。


少しでも落ち込んだ様子を見せたなら、周りがきっと悲しむから

彼女が救出されて目を覚まして初めにみた自分が、それで号泣してしまったのが一因だというのは想像に難くない。

涙をこぼすことをある意味それで封じてしまったことに対して、ギルベルトはすぐにとても後悔したのだが、

──大丈夫。大丈夫ですからね
と、自分より大きな男がみっともなく泣くのを前にして慰めてくれる彼女は聖母のようだった。

そんな彼女を汚そうとした奴は絶対に許せない。


エスピノサは自らの行いの報いを受けて死んだわけだが、人買いは売る人間だけではなく、買う人間がいてこそ成り立つものだ。

エスピノサの主な取引先はアラブの商人らしい。
と言ってもその商人は仲介役で、その商人を通して、女性をとある上得意客に売っていたということだ。

だからその商人を探し出して、得先ともどもぶっ潰してやる!と、ギルベルトは秘かに決意を固めた。



アフリカの方はもう西アフリカも地元の長老たちの協力である程度の秩序が出来て、シェアも確立できたので、道中の路銀が足りなくなれば、こちらからアラブ諸国で高く売れる商品を仕入れて金を作れる。

もっとも向こうで物を売れるよう、ついたらまずシェアを得るところからしなければならないが

それでもアフリカでグズグズしてはいられない。

ギルベルトの大切なお姫さんをこんな目に合わせた張本人を潰さなければ、代替わりをした相手に報復しても意味はないのだ。


王国軍に籍を置く身としては感心できた動機ではないが、ギルベルトとて冷静では居られないことくらいはある。


「ギルベルトさん、眉間、すごいシワですよ?」
と、そんな事を考えていると、いつのまにやら眼の前でお姫さんがギルベルトの顔を覗き込んで、白い指先でトントンとギルベルトの眉間を突くので、慌てて顔をあげると、お姫さんは

「戦いの時は良いんですけど路銀には貿易が不可欠ですからね。
笑顔、笑顔!」
と、そんな事を言って可愛らしく笑うので、意識せずともつい笑みがこぼれ出た。


「先日あの誘拐されてご迷惑おかけした時に、街の方々の話をお聞きしたのですけれど
と、そこでお姫さんがいきなり言うので、トラウマで顔がこわばると、お姫さんはまた、──笑顔!、と、自分が見本を示すように微笑む。

本当に情けない。
恐ろしい思いをしたばかりのやんごとない姫君に励まされてどうする!
しっかりしろ、ギルベルト・バイルシュミット!!
と、ギルベルトが自分を叱咤して、再度笑みを作ると、お姫さんは満足気に頷いて、またギルベルトの顔を覗き込んだ。

そしてなんと、

「このソファラからずっと北上した、アラブ圏に入る直前にあるモガディシオの街。
あの街ではアラブで高額で売れる金が産出できるそうです。
なので、なるべく早急にあの街に投資して、より質の良い金を仕入れて、アラブからインドにかけての航海とシェア作りの間の資金にしたら良いと思います」

などと言ってくるではないか。


ぽかんとするギルベルト。

そんなギルベルトにお姫さんは
「私だってやる時はやる子ですよ?」
と、ふふんと笑う。

「もう一つ…ね、試したいことがあるので、金を仕入れた際には少し分けて頂けませんか?」
と言うその目はキラキラと輝いていて、なんだか落ち込んでいるばかりだった自分が恥ずかしくなってきてしまうほどだ。


もちろん、そんなお姫さんの要望に応えない理由はギルベルトにはない。

やんごとない姫君は、実はギルベルトが思っているよりもずっと、芯の強い人間のようだった。



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