ファントム殺人事件オリジナル10

部屋につくなりコウは問題の日と同じ様についたてを持ってくると、同じ場所に立ててそちらにフロウをうながした。


「姫は当日みたいにここにいてくれ」
と、指示をすると、会長のデスクを開けてレポート用紙を一枚やぶり、それをデスクの上に置いた。

それからコウは黒河の遺書をPCに一旦落とすと、そのまま人数分印刷した。
そうこうしているうちに相田がかけこんでくる。
「コウさん、なんか外大変な事になってましたが…。」
息を切らせたまま言う相田にもコウは
「ちょっと初日を再現したいんでお前も姫んとこ行っててくれるか?」
と、ついたての向こうへ行くよう指示する。
「はい、わかりましたっ」
相田は何も聞かず、そのままついたての向こうで椅子に座るフロウの横に立った。
そのうち、和馬、佐藤、井川、そして最後に東が入ってくる。
「塾途中で抜け出してまで来たんですから、どうせなら面白い話聞かせて下さいよ」
と相変わらずの和馬。
「今黒河先生がそこで自殺したって警察が言ってたが…まさか先生が犯人なのか?」
と井川。
「…ったく…俺はこの中では一番多忙な身なんだぞ。一応サッカー部のOBとしての責任もあるから来てやったんだ!ちゃっちゃとすませろ、加藤!」
と東もイライラした口調で言った。

全員集まった所で加藤はチラリとコウに合図を送り、コウはそれにうなづいてまずユートに黒河の遺書を配らせた。
「今回は当校内で起こった事というのもありますので、俺が加藤さんから説明等の役割を一任されてますので、よろしくお願いします。」
コウはその間にそう言って頭を下げる。
それから全員に遺書を印刷した紙が行き渡ったのを確認すると、
「まず、お配りした用紙に目を通して下さい。」
と全員にうながす。

「これ…おかしくないか?」
まず井川が口を開いた。
しかしその後の言葉を続ける前に東がそれにかぶせる。
「どこがだ?!結局黒河先生の老いらくの恋ってやつだろ?
まさにオペラ座の怪人じゃないか。
若い女に惚れた当然相手にはされないであろう男。醜男かジジイかってだけの違いで。
ま、あのジイさん観劇とか好きだったからな。年甲斐もなくロマンに浸ってみたんだろ。」

「先生になんて言い方をっ!!」
その東の馬鹿にした言い方に、いつも穏やかだった井川が激昂してつかみかかった。
「ホントの事だろうがっ!先生とか言ってるが結局実は単に女子高生に血迷って人殺したただのエロジジイじゃないかっ!」
東はそんな井川にさらに小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

「二人とも止めて下さいっ!」
コウはそんな二人の間に入って、二人を引き離した。
「とりあえず…暴力は自体を混乱させるだけです。今説明しますから俺の説明を聞いて下さい」
と井川に頭を下げた後、東にも
「とりあえず不必要にあおるのは止めて下さい。そもそも…本当に黒河先生が犯人だと思いますか?」
と静かに聞く。

「他にないだろっ。」
東はそのコウの言葉に思い切りうなづいた。
「ようはあれだろっ。生徒会のどう見ても優勝に程遠いミスコンの候補者を優勝させるために、そいつに惚れこんだ黒河がライバル消しにかかったってだけだろ。」
その東の言葉に彼以外の周りがお互い顔を見合わせてざわついた。


「確かに…黒河先生がうち(生徒会)の候補者に惚れ込んだのは確かだと思います。」
コウはそんなざわめきの中話始めた。

「あの日…丁度こんな感じで今のメンバーが揃ってて、俺はOBのお三方の相手をしていました。
井川さん、加藤さん、東さん、こちらへ」
と、コウは3人を会長のデスクの側に促す。

「そしてユートも俺の側、和馬とアオイはついたての前あたりに」
と、それぞれの立ち位置を指示すると、会長のデスクから紙を手にとって和馬に渡した。

「当日…和馬は俺が自分の彼女をミスコンに出すの嫌がって連れて来た女子高生の中で一番近くにいたアオイを騙して出場者申し込み用紙にサインをさせたんです。アオイ、サイン。」
と、コウはアオイにペンを渡してサインをさせた。

「それを和馬は佐藤に渡し、佐藤はそれを俺のデスクの上へと置きます。佐藤、置け」
コウが指示すると、アオイから用紙を受け取った和馬から、今度は佐藤がそれを受け取り、デスクに置いた。

「俺はOBの皆さんへの対応でちょっと緊張してて周りに目がいかない状態でそれ放置したままだったんで、この佐々木葵が生徒会の候補者という情報がこの用紙が目に入る位置にいたOBの皆さんにはインプットされた可能性があります。」

「ちょっと待て!お前の言ってる事がよくわからん」
そこで東が話をさえぎるが、コウはそれに対して
「おそらく東さんが疑問に思っていらっしゃる点については、今後の説明で納得して頂けると思いますので、しばらく静聴のほど、お願いします。」
と返して続けた。

「ここで東さんは和馬の方に様子を見にいらして、アオイの姿を確認。
話が前後しますが、校内で今年は相田が先走って生徒会からは俺の彼女をミスコンの参加者として出すって言いふらしてたんで、その話題がかなりあちこちで上がっていて、OBの皆さんの中にもこの時点でご存知だった方もいらした事と思います。

で、東さんはこの女子高生が佐々木葵であると知った時に、まあご自身がOBであるサッカー部の候補者、筒井舞花さんと比べたら勝てないなとの認識を持たれ、和馬に”碓井も女が見る目がない”と言い残し、お忙しい事もあって、帰路につかれます。ということで、東さん少し離れて頂けますか?」
とのコウの言葉に東はめんどくさそうに少し離れて机の上に腰をかけた。

「それと入れ違いに今度は黒河先生が入ってきます。
先生は東さんとは逆にまず俺の彼女を和馬に確認した上で、俺達と一緒だった井川さんの方に向かって出場者申し込み用紙で”俺の彼女”の名前が佐々木葵だと認識しました。
そして先生は佐々木葵の名前を持つ女子高生ではなく、”俺の彼女”である女子高生に惹かれて花を贈る事にしたんです」

「ちょっと待て、それどう違うんだ?」
机の上で腕組みをして聞いていた東が眉をひそめると、コウはついたての向こうにむかって
「相田、ついたてどけろ。」
と、命じる。
「はい、ただいまっ」
との声と共に相田がついたてをどけると、当然そのむこうに座っているフロウが姿を現す。

「…!!!???」
目をむいてピョンと机から飛び降りる東。
コウはつかつかとフロウの方へと歩み寄り、座ってる彼女を後ろから抱え込んだ。

「俺の彼女、一条優波です。当日はやっぱりこういう風についたての影で相田に相手をさせていて、和馬が黒河先生に”俺の彼女”として見せたのは優波の方です。
だから黒河先生はその時、優波の名前を佐々木葵だと勘違いしたんです。」

コウはそのままフロウに目を落とす。
「その後…黒河先生は井川さんと話しててそのまま井川さんと退室したので、俺は加藤さんと一緒に和馬の方にきて、まあユートと3人で色々話して、加藤さんはアオイについては何も触れずに退室。

おそらく加藤さんはこの時点では出場者申し込み用紙も目に入ってなかったものと思われますが、それは推測なので保留で。

加藤さんが帰ったあと、俺は結局相田に説得されて優波を出場させる事にして、そこで申し込み用紙にアオイの名前が記入されてる事を知って書き直します。

ということで、これ以後は”佐々木葵”という名前を知る機会はなくなるので、今回の犯人は”佐々木葵”が生徒会からの出場者という認識を持つ事のできた当日の来訪者にしぼられるということで、皆さんにこちらに来て頂いた訳です。」

「ちょっと待てよっ。犯人はだから黒河だったんだろ?!この遺書にもそう書いてあるじゃないか」
東はヒラヒラとその紙を振った。
それにまた井川が
「”黒河先生”ですっ!」
と憤る。
その様子にコウは小さく息を吐き出した。
「先生は確かに”ファントム”です。でも殺人を犯したのは別人ですよ。
それをこれから立証しますので、繰り返しますが静聴をお願いします」

コウの言葉に加藤がギロっと一同をにらみつけると、渋々全員が口をつぐむ。
「続けます。」
コウは言って先を続けた。

「その日は他の女子高生を送って行くユートと分かれて俺と優波はアオイを自宅まで送って、そのまましばらくアオイの自宅ですごしました。
おそらく…黒河先生はそれをつけてアオイの自宅を確認。優波も一緒に家に入った事からそこが彼女の自宅だと思ったんでしょう。

そこからは東さんがさきほどおっしゃった通り。
女子高生である優波。年齢的に釣り合う恋人もいるとなると、叶う恋ではない。
教師と言う立場もあるし、尾行と言う手段で自宅を割り出した以上、通常の手段で思いを告げる事もできない。

それでも何か伝えたかったんでしょう。
先生は観劇が趣味な事もあって、その時の自分をオペラ座の怪人の”ファントム”になぞらえて、叶わないとわかっていても伝えたい気持ちがある事を表現しようとした。

先生がやった非合法な事といえばその程度の事で、花を贈られたアオイ本人は全く気にもとめずにその花を普通に飾ってましたから、まあ…とがめられるほどの事でもないと思います」

「ちょっと待った…。碓井、それじゃあ…」
驚く加藤にコウはうなづいて
「はい。ここからはクリスティーヌに恋をした”ファントム”ではなくて、”ファントム”の正体を知った普通の人間が彼を騙って行った、ロマンも何もないただの犯罪です。」
と、言いきった。

「ここで終わればただの切なくも悲しいロマンティストな男の恋物語で済んだんですが、問題は…その先生の様子をコッソリつけて全て見ていた人間がいたということです。
その人物は先生が花をこっそりアオイの自宅に置いたあと、さらにこっそりその花に近づいてカード等を確認。
それで先生の名乗った”ファントム”の名を利用して、自分が殺害したい相手を殺害しようと考えました。

2通の脅迫状はその人物…”偽ファントム”が送りつけたもので、松野美沙を殺害したのもその”偽ファントム”です。」

「誰がその”偽ファントム”なんだっ?!先生を殺したのもそいつかっ?!」
憤る井川を制して
「落ち着いて下さい、井川さん。これからそれを説明します。」
と、コウはとりあえず興奮状態の彼を椅子に座らせた。

「まず…一つ事実を確認しておきます。
黒河先生は”ファントム”でした。
しかし彼に取ってのクリスティーヌは”佐々木葵”ではなく、”一条優波”です。

とりあえずそれだけ明らかにした上で話を進めます。
学祭準備の一日目、黒河先生がアオイの家を突き止めるのを確認した犯人は黒河先生を使って殺人計画を練ろうと考えます。

そして二日目、おそらく学校の側で待機していた犯人は、顧問を持たないため学祭の時期は日中いなくても気付かれない黒河先生が学校を抜け出して花をアオイに届けに行くのを確認。
カードをチェックし、”ファントム”の名をみて、クリスティーヌを主演にすえるため邪魔者を排除するオペラ座の怪人”ファントム”になぞらえて、アオイをミスコンで優勝させるために邪魔者を排除していく”ファントム”という図式を考えだします。

そして自分にとって一番データが手に入りやすく、さらに優勝候補でもあるサッカー部の候補者筒井舞花の自宅データをサッカー部から入手。
自分が作成した脅迫状を彼女の自宅に届け、何食わぬ顔で帰宅する。」

「ちょっちょっと待て!それじゃ、お前は俺が犯人だと言いたいのか?!」
コウの言葉に東が慌てて駆け出すとコウの襟首をつかんで詰め寄った。
コウはその手首を静かにつかむとはずさせて、ゆっくりその手を下におろさせる。

「やましいところがないなら…静かに聞いていて下さい。
全てを話したあとで反論なり質問なりは受け付けます」

「ふざけるなっ!素人探偵のくだらん推理など聞いてられるかっ!名誉毀損で訴えてやるっ!!」
叫んで帰ろうとする東の腕を加藤がつかむ。

「警察の横暴も糾弾するぞ!」
それに対してギロリと加藤をにらみつける東だが、加藤は
「できるもんならな。俺は各界のボスが取り合いしてる今年の生徒会長に自分のクビかけるぞ」
と平然と言い放った。

その言葉に一瞬目を丸くするコウ。
それから
「これは…絶対に失敗できませんね」
と苦笑した。

「まあ…東さんがまどろっこしいのが嫌だとおっしゃるので、結論言います。

黒河先生にとってのクリスティーヌが優波であるのに対して、犯人にとってのクリスティーヌはアオイです。
だから殺人の犯人は黒河先生ではありません。

事実犯人は殺人を行う時”クリスティーヌ”としてアオイを誘拐していますし、殺害した黒河先生の遺書を偽装する際も”クリスティーヌ”が”佐々木葵”であるということで話を進めています。

ゆえに、犯人は”クリスティーヌ”に当たる生徒会からの候補者が”優波”ではなく”佐々木葵”と思い込んでいた人物という事になります。
なので各人の認識を追って行きたいと思います。

まず生徒会役員は全員その後の候補者に優波を据えるという確認取っているので省きます。
ユートとアオイも同じく当事者なので知らないという事はありません。
残るは加藤さん、井川さん、東さん、黒河先生。

加藤さんは2日目、俺が相田に剣道部に引っ張って行かれた時に参加者が一条優波という俺の彼女だという話をして、さらに写真を見ています。
その後加藤さんが帰り際にあって立ち話をした際に、井川さんもその事実を知りました。
よってお二人も省きます。

残りが東さんと黒河先生。
東さんが最後までそれを知らなかったのは、ついさっきのご本人の発言から明らかです。
では黒河先生はどうか?

実は3日目、黒河先生は優波の母が所用で俺を訪ねて来た時に話題に出たため、彼女が”佐々木葵”ではなく、”一条優波”であることを知ったんです。
それを証明する様に、その日の夕方、優波の方に”ファントム”から花が届けられています。
まあこれは俺と加藤さんしか知らない事実ですけどね。

だから…その時点で黒河先生にとっての”クリスティーヌ”は”佐々木葵”ではなく”一条優波”に修正変更されているので、”佐々木葵”のために黒河先生が殺人を犯すというのは”ありえない”んです。」

「でたらめだっ!黒河が犯人じゃないからといって俺が犯人だなんて証拠にはならんぞ!
だいたい…松野美沙を殺したいならわざわざ筒井舞花に脅迫状を送る意味なんてないだろう!
サッカー部のOBとしてデータを入手しやすいという俺を陥れるために誰かが仕組んだんだ!」
東は加藤に腕を掴まれたままさけぶ。
それにもコウはうなづいた。

「確かに順番的に”佐々木葵”、”筒井舞花”、”一条優波”、”松野美沙”の順番で”ファントム”から手紙なりカードなりを送られているんですが、アオイと優波については黒河先生が”好意”で花とカードを送っていて、”偽ファントム”から脅迫状を送られているのは”筒井舞花”と”松野美沙”の2名です。

何故先に筒井舞花に脅迫状を送ったのか…。

理由はいくつかあると思いますが、一つには彼女が優勝候補の一角だったので、彼女を差し置いて松野美沙に脅迫状を送るのは不自然だと思われるということ。
もう一つは…最初の脅迫状が送られてある程度時間がたっても何も本人に被害もなかったため、脅迫状自体が単なるいたずらで警戒するようなものではないと思わせたかったのだと思います。

あとは…物的証拠ですね。加藤さん、例の物をお願いします。」

コウが言うと、加藤は片手に持っていた茶封筒から2枚のカード、そして2通の脅迫状を取り出した。

「これが4人がそれぞれ受けとったカードおよび脅迫状です。」
コウはそれを指し示して言った。

「まず2通の脅迫状から。
筒井舞花に来た方は…筒井舞花本人と…あとは東さんの指紋がついています」

「当たり前だろう!俺がお前に渡したんだっ!その時についたにきまってるだろう!
そんな事で犯人にされては敵わん!」
東がムスッというのにコウは
「そうですね。そこでついてないとか言う方が怪しいです」
と淡々とうなづいた。

「これでわかっただろう!じゃあ…」
という東の言葉を完全にスルーしてコウは続けた。

「次に殺された松野美沙に来た脅迫状。
これにも本人とこれを届けにきたテニス部部長の湯川の指紋のみです。

ということで脅迫状はいいとして…問題はカード。

優波の方に届いたのは母と本人、そして黒河先生の指紋のみなんですが…アオイの方には何故か本人と母親と黒河先生以外にもう一人…そのカードを盗み見た時についたありえない人物の指紋が残っていたんですよ。
おそらく…脅迫状に関しては気を使ったんでしょうけど、まだ殺害計画をきっちり練っていなかった頃に触れたものにはそれほど気をつかってなかったんでしょうね…東さん。」

コウの言葉に東は唇を噛み締めてうなだれた。
「…嫌な男だとは思ったが…ホントに貴様ほど嫌な男に会った事はないぞ…」

その言葉にコウは苦笑した。
「俺じゃありませんよ。日本の警察が優秀なだけです。俺は今回加藤さんの代理です」
「…この大嘘つきめっ。地獄に堕ちろ。」

「あんな事言われてるぞ…」
シン…とした沈黙を和馬のクスクス笑いがやぶった。
その和馬の言葉にフロウがコウを抱きしめて見上げる。
「大丈夫っ。私がちゃんと天国に行けるようにマリア様にお祈りをしてあげますっ」
その真剣な語調の言葉に
「頼むな、真面目に…。思い切り頼りにしてるから」
と若干情けない声を出して自分もフロウの背に手を回すコウに吹き出す一同。
こうして”ファントム”騒動は幕を閉じた。


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