なにしろアントーニョ自身が、それをやらかして今四方を丸く収めているのだ。
跡取りは長男である伯父から長男の子、つまりはアントーニョの従兄弟が継ぐはずなのだが、アントーニョがなまじ豪胆でやりてと言われる祖父に性格も容姿もそっくりなことから、祖父がそろそろ危ないとなったころから、アントーニョに跡を継がせた方がと言い出し始める輩が出てきた。
するとアントーニョは
「俺な、なかよしのギルちゃんと一緒に北で遊んでくらしたいんやぁ~。ほななっ!」
と、ある日、荷物と旅費だけ持って、いきなり北の方へ行く船に乗り込んで、そのまま馬車や船を乗り継いでギルベルトの城まで来てしまった。
アントーニョはギルベルトよりも2歳年上で、ギルベルトとはギルベルトが10歳から18歳まで留学していたスペインの寄宿学校の同室だった仲なのだ。
そしてそれから2年は手紙のやりとりだけだったのだが、ある日ひょっこり城に現れたので、それから5年ほどギルベルトの城でギルベルトの仕事の手伝いをしながら暮らしている。
一方でスペインのアントーニョの家の本家では、いかにもアントーニョらしい衝動的な行動に、彼を跡取りにというのは諦めたらしい。
祖父の亡き後、なんの問題もなく伯父が祖父の跡を継ぎ、最終的には従兄弟がその跡を継ぐらしい。
「うん、それいいかもな…俺様もやるか~」
もちろんギルベルトはアントーニョとは性格も違うから、言い訳は別に考えなければ親族を納得はさせられない。
幸い今までは兄が伯爵家を継いでいたので、国王陛下から船を一隻拝領して、自国の領土内の海上の取り締まりを仕事としている。
だから海に出るのは不可能ではない。
まあ自国を離れての活動となれば、理由とさらなる資金が必要なわけだが……
理由は…まあなんとかなるな。
問題は資金かぁ……
決断してしまえば行動は早い。
ギルベルトは自国領内に迷い込んだ商船の船主から、海賊に襲われて逃げているうちに領海侵犯してしまったこと、港に寄って壊れた船を修理させてほしいとの要望を聞き、船を護衛しながら寄港。
実手続きは部下に任せて、報告をしに王城へと向かう。
その道々でもう筋書きは固まっていた。
報告する部署に報告を終えると、そのまま王へと拝謁を願い出る。
普通なら今言ってすぐというわけにもいかないが、国王もここ数日バイルシュミット伯であるギルベルトの兄が亡くなって、その後の家督のことについて話を聞きたいため出頭するようにと口にしていたので、すぐ時間をとってもらえた。
もちろん2人きりというわけではなく、王の血族など有力な貴族が同席している中である。
拝謁するとまず、王から今回の商船についての手続きの労をねぎなわれ、続いて兄の死を悼む言葉をかけられる。
そのどちらにも伏して礼を言うギルベルトに、王は
「ところで…バイルシュミットの家督のことだが…」
と、本題を口にした。
王としても家督争いで家臣が疲弊するのは望むところではない。
幼いころから聡明と名高いギルベルトになんとか丸く収めて欲しい、そんな空気が見て取れる。
正直当事者は誰も揉めてはいないのだが…こういう時に親族というのは面倒くさいものだとギルベルトも思う。
まあ、それはそうとして、ギルベルトは国王に一説ぶってみた。
「陛下。
陛下は、北海の…いえ、世界の海の力の均衡についてどう思われますか?
今はイギリス王国がスペインの商船への海賊行為を認めてその富をかすめ取ることで海軍力を増強しております。
その勢いがバルト海、北海に完全に及ぶ前に、我が国もそれにならい、海軍を世界の中で一流の水準に引き上げねば、国益にも影響してきましょう。
そのために軍を再編する余裕は、残念ながら今の我が国にはあるとは言えません。
ですが私はずっと歯がゆく思い、自分自身が世界の海に出てなんとか力と技術を身につけて国に貢献したいと思っておりました。
今までは兄である伯爵は床に伏せがちで1人残して行くことは心残りでしたが、幸いにして弟は幼い頃から丈夫で賢く、安心して家督を任せて旅立つことができます。
まことに勝手な願いとは存じますが、私に旅立つことをお許し願えないでしょうか?」
「おお…そのように我が国のことを思っていてくれたかっ!」
色々な意味で王はホッとしたようだった。
本人が海軍力増強のために世界を船で回りたいと望んで、それを王が許可をする。
その上で、最終的に力をつけて戻ってくれば海軍の総責任者の地位を約束するという形にすれば、名誉なことである。
そんな方向で持って行けばバイルシュミット家の親族も反対はすまい。
全ては安泰だ…といいたいところなのだが…
「ギルベルト…」
「はい」
「おぬしの提案は素晴らしいと思う。
それ自体は許可し、力をつけて戻った暁には海軍総責任者の地位を約束したいと思うのだが…おぬしもさきほど口にしていたが…」
「資金不足…でございますか?」
「うむ。新興国家の悲しいところでな、予算の都合もままならん。
国から与えられるのは、おぬしに下げ渡した北海の黒鷲号、一隻のみになるが…
それでもやれるか?」
ああ、その言葉も予測の範囲だ。
なるべく借りは作りたくないが、国とバイルシュミット家の安寧のためだ。
悪友に頭を下げよう。
そう決めて、ギルベルトは
「陛下のご命令を頂けるだけで、十分でございます」
と、頭を下げて、承った。
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