(あ~あ、明日目が腫れちまうかもな…)
と、目尻に残った涙を指先でぬぐってやり、室内に用意されていたタオルを洗面所で濡らして、身を清めてやる。
温かな濡れタオルの感触でわずかに意識が浮上したのだろうか…アーサーがぼんやりと目を開けた。
一応綺麗なタオルで一通り拭いたけど、シャワーとか浴びたいなら、連れてってやるぞ?」
そう声をかけると、状況を思い出したのだろう。
真っ赤になって、ブランケットの中へと逃げ込んだ。
ギルベルトがそれを無理に引き剥がすことはせず、そのままベッドの端に腰を掛けていると、おそるおそる顔の半分だけ出して様子を伺ってくる。
それだけで、幼少時に実の親兄弟に拒絶されすぎて自己評価が著しく低いこの子が何を考えているのか、生まれたときから見ているギルベルトには手に取るように判る。
だから少し覆いかぶさるようにしてブランケットから出た額に口づけを落として、
──すっげえよかったし可愛かった。こんなに可愛いアルトに手ぇ出さないでいてくれたエリザに感謝してる。
というと、またぴゅうっとブランケットに潜り込んで、ブランケットの中から
「…ばかぁ……」
という恥ずかしそうな可愛い罵倒が返ってきて、ギルベルトは破顔した。
アーサーがエリザと籍を入れたのはまだ大学生の時で、仕事が忙しく自宅に主夫がほしいというエリザの要望でアーサーはそのまま就職はせず、エリザの伝手で自宅で軽い仕事をしつつ、食事以外の家事と赤ん坊の世話をしているらしい。
だからギルベルトの息子のフリッツも、アーサーが見ていてくれることになっていて、その夜は子どもたちが寝入るまではアーサーが2階の子供部屋で子どもたちをみていてくれるので、エリザと少し話をした。
リビングのソファでコーヒーを片手に向かい合わせに座る。
湯気の向こうの幼馴染は食事前、何があったかなんて予想はついているだろうに、全く変わったようすはなく、当たり前の顔をしてコーヒーをすすっている。
アーサーはエリザが用意したと言っていたが、エリザ自身に聞いて許可を取ったわけではないこともあり、ギルベルトはどこか後ろめたい気持ちがあって、言われる前に口を開いた。
「なあ…」
「…ん~?」
「悪い…」
「何が?」
「アルト…抱いちまった」
「ふ~ん、良かったじゃない?」
「お前、怒ってねえの?一応夫婦だろ?」
「前にあんたには説明したと思うけど?」
「いや、そうなんだけど…俺様、お前のこと利用するだけしてる気がしねえでもないし…」
「そう思うなら、お礼にたまに脱いでよ」
「は?」
エリザはコーヒーを持ったまま立ち上がると、ギルベルトに向かって手招きをする。
誘われるまま、エリザの書斎へ。
「これね、あたしの本。
仕事じゃなくて趣味なんだけどね。
まあ、イベントごとに結構売れてる感じ?」
と、本棚から数冊の本を出して机に並べる。
表紙はどれも男が二人。
よくある恋愛小説のようなポーズを取っていて、ギルベルトはぽか~んと呆けた。
「ま、いわゆるBL本てやつ?
ほら、あたし昔から可愛い男の子好きだったじゃない?
アーサーにはカミングアウトしてるんだけど、基本的には自分が恋愛するより、男同士の恋愛みてたい人なのよ。
いわゆる腐女子ってやつね」
そう説明されて、本当にどう返していいかわからない。
いや、そんな片鱗は元々あったように感じてはいたのだが……
「つまりね、あたしにとってアーサーは弟であんたは腐れ縁の悪友みたいなもんなんだけど、二人とも顔良いし?二人が絡んでるの見てると楽しいわけよ」
「…まじかよ」
「まじよ。
まあアーサーと正式に結婚したいから別れてくれって言われるなら別れてあげても良いんだけど、一応ね、恋愛的な意味じゃなくてもアーサーの事は可愛いし大切なわけよ。
だから、二人の絡みを見て過ごしたいっていう自分の趣味的な理由とは別にね、あんたのクソ嫁が絶対にアーサーに何かふざけたことしてこないくらい遠くなるまでは、護衛があんた一人じゃ心もとないから、見張ってたい感じかな」
「…あ~、それな……」
ギルベルトが苦笑すると、
「あんたのことだから、ずいぶんとすごい条件出したんじゃないの?」
と、エリザが悪い顔で笑う。
それに対して、
「いや?非常に穏便に円満離婚したけど?
フリッツの親権は俺様で、嫁には慰謝料も養育費も請求しない代わりに、離婚後は俺様とフリッツには接触禁止。
一応な、フリッツの育成に関わることだし接触禁止は譲れねえから、弁護士入れて、接触禁止を破ったら一度につき罰金50万てことにして、絶対に守ってもらうようにしてる。
あと5年くらいでローンが終わる俺様と元嫁の共同名義のマンションは浮気相手と元嫁の名義に。ローンも同じくな。で、預貯金は3000万のうち1600万は俺様で1400万は元嫁に残してきた。もちろんすでに払い込んだマンションのローン4000万も請求はしない。
ってことで、嫁と浮気相手には礼言われての超円満離婚」
というと、エリザの眉がみるみる吊り上がって、
「ふざけんじゃないわよっ!なに、そのバカ甘な条件はっ!!!
まさかクソ嫁がくだらないデタラメでっちあげて写真送ってアーサーを泣かせたこと忘れて、情に流されたんじゃないでしょうねっ!!!」
と、ギルベルトの襟首を掴むが、ギルベルトは淡々と
「さっさと離婚したかったし?
まあ、2人とも実際結婚してみたら、浮気の時は楽しかったのに、こんなはずじゃなかったとか泣くこともあるかもしれねえし、いいんじゃね?」
と言って、殴られた。
それでも確かに今となっては実害はない。
早く離婚したかったのだと言われれば、まあそれも致し方なしと、エリザは怒りをのみこんだ。
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