そして転がり込んだ先では泣きそうに懐かしい顔ぶれ…
と、ギルの手から幼児をアーサーの手から赤ん坊を受け取って二階に引っ込むエリザ。
そうして実に自分が就職した頃から6年ぶりに、ギルベルトは愛おしい年下の幼馴染と向かい合う。
そして、あまりに懐かしくて切なくて…何故か昔と全く変わらないように見えるアーサーを思わず抱きしめた。
「…悪い……普通に父親がいて母親がいて子どもが生まれて…そんな家庭を持つのがお前の幸せだと思ってた。
勝手に思ってた。
だから…お前から離れてやるのがお前の幸せだと思ってた…。
でも本当はずっと好きで…ごめんな…。
別にお前に気持ち押し付ける気はねえんだ。
ただ本当のこと言いたかった。
別にお前の家庭を壊す気はねえし、許してくれとも言わない。
でも俺に何かできることが今でも少しでもあるなら、もう遠慮するような相手もいないから言ってくれ」
本当に…自分がここに居て良いのかは悩むところだが、エリザに自分たちは戸籍上は夫婦にはなっているものの、実質姉と弟のような関係なので構わないと言われて、少しでもアーサーの側にいたかったのもあって転がり込んで来てはしまった。
だが、もしアーサーに少しでも嫌がられている風に感じたら、出ていこうと思っていた。
本当にそう思っていたのだが、実際にずっと近づくことさえ自分に禁じていた恋い焦がれる相手に触れてしまえば、離れるのは死ぬより辛い気がしてくる。
ましてや嫌悪の視線など向けられた日には、心臓が粉々に砕け散ってしまうのではないかとギルベルトは思った。
──本当に…言っても良いのか?
と、腕の中でアーサーがギルベルトを見上げてくる。
ごくり…と喉が鳴った。
泣きたいほど愛おしい淡いグリーンの瞳。
何故これを目に映す事を諦められたのか、もう自分でもよくわからない。
──悪い…好きだ。好きなんだ、アルト……
拒絶の言葉を聞くのが恐ろしすぎて、ギルベルトは泣きながら、何か言おうとするように開いたアーサーの唇を自らのそれで塞ぐ。
幼い頃はただただ愛おしかった。
何よりも安全で暖かく快適な場所に保護して、悲しいことからも辛いことからも遠ざけて守ってやりたかった。
そんな綺麗な気持ちだけで居られた頃は幸せだった。
実際、アーサーの実母が亡くなってからは、カークランド家の人間はアーサーを疎んじはしたものの執着もせず、どちらかと言うと放置していたので、幼い頃とは逆に自分の家に招き、自室で本を読んだり勉強をしたり、おしゃべりをしたりして過ごした。
アーサーが喜ぶから菓子作りも始めて料理も得意になったし、アーサーを守るために体を鍛え、アーサーに教えるために勉強だって頑張った。
そんな風に将来は世界で一番愛おしい年下の幼馴染を守って暮らすのだと努力するのは楽しかった。
でもいつの頃からだろうか…おそらく中学に入りたての頃…。
ませた悪友の一人にこっそり見せられた大人なビデオ。
絡み合う男女。
学校で受けた性教育と照らし合わせて、ああこれがそうか…と、興奮する他の友人達の横で冷めた目でそれを見ていたはずが、その夜に見た夢は、ビデオの中の男が女を組み敷いていたように、自分が大切な愛しい子を組み敷いている夢だった。
翌朝…ギルベルトは自分が下着を汚した事に気づいて、強烈な罪悪感に見舞われた。
それがギルベルトの精通だった。
それからは日々葛藤の連続である。
アーサーは年齢の割にはあどけなく愛らしい顔立ちをしていたので、よくストーカーなどに付きまとわれたが、ギルベルトはその都度それらからアーサーを守りながら、一方で、いつしか自分が同じような人種になってしまうのではないかと、自らの感情を持て余して怯えた。
アーサーにつきまとうストーカーや変態達を追い払いながら、彼らときっと変わらないのであろう劣情を胸に秘め、夜毎、夢の中でアーサーの身体を暴き続ける。
無邪気にまとわりついてくるアーサーの態度が嬉しくて…でも辛い。
そしてそんな日々が続く中、アーサーが何の気なしに語る、将来家族と住みたい家の図を聞きながら、ギルベルトは絶望に頭を抱えた。
そう、家を建ててやる事はできる。
アーサーが望むなら彼が言うように庭先でバラをたくさん育てられるような、ささやかでもどこか温かみを感じるような、可愛らしい家を建てるために必死で働くことくらい、なんでもない。
でも彼はその中身については語らなかったが、当然そこには”家族”が必要だろう。
父親と母親と子どもたち。
もしアーサーが異性であったなら、それだって与えてやることは簡単だ。
アーサーが望むなら子どもの3人や4人くらい余裕で養えるくらい稼いでくる所存だ。
アーサーに似たアーサーとの子どもなんて天使すぎて、多ければ多いほど楽園、天国である。
だが、悲しすぎる事に、アーサーは同性だ。
どれだけ愛しく思っていて、どれだけ努力しても、自分ではアーサーに子どもを与えてやることはできない。
それどころか、自分がこうやってアーサーにつきまとっていたら、アーサーは家族を与えてくれるであろう伴侶に出会うこともできないのだ。
だから離れる。諦める。
身を切るような思いで6年前にした決意は、今こうして抱きしめて、夢にまで見たその唇に口づけてしまったら、あっという間に霧散してしまった。
──アルト…アルト、アルト、アルトっ!…好きだっ!!!!
腕の中で細い身体がわたわたとか細い抵抗をするのを押さえ込んで、そのまま衝動を抑えきれずに絨毯の上に押し倒す。
起き上がろうとするのを許さず、自分の身体を重石にして、ベルトを外してズボンのボタンに手をかけると、
──ギルっ!ほんとにやだっ!!
と、小さいが鋭い声にハッとした。
自分の下でアーサーの丸い目からポロポロと涙がこぼれ落ちているのに気づいて、ギルベルトは頭から冷水を浴びたような気分になった。
…なに…やってんだ、俺様………
よろよろと身を起こしてアーサーを開放して、あらためて視線を向ければ、温かみのあるクリーム色の壁にかかるパッチワークや刺繍のタペストリ。
これはおそらくアーサーの自作だ。
家に入る前に見た庭には綺麗なバラが咲き乱れ、ところどころにウサギやリスなど、可愛らしい小動物を模した置物が置かれていた。
そう、アーサーはもう自分の…ギルベルトが守る小さな可愛い幼馴染ではない。
アーサーが望んだ小さな幸せな家庭を作ってやったのは、自分ではなく、エリザなのだ。
「…悪い……本当に悪い。
気持ちを伝えるだけって思ってたんだけど、久々に会って暴走しちまった。
もうアルトはエリザのモンなんだよな。
ちゃんとわかってたはずなんだけど…本当に悪かった。
二度としねえから…。
それでも信用できないようなら、俺様出てくわ。
できればちゃんとした家を探すまでフリッツだけでも預かってもらえるとありがたいんだけど……」
そう言ってふらっと立ち上がりかけるギルベルトの足を
「ちがっ…違うっ!!違うんだっ!!!」
と、驚いたことにアーサーが掴んで引き止めた。
「ギルが嫌とかじゃないっ!
そうじゃなくて、ここリビングだからっ!!
エリザが子ども達つれて戻ってきちゃうからっ!!」
やっぱりポロポロ涙をこぼしながら、首を横にふるアーサー。
「やだっ!出てったらやだっ!!
もう離れるのはやだっ!!!」
と、足にしがみついたまま号泣するアーサーに、ギルベルトは困惑したままそっとその手を外して膝を付き、アーサーの顔をあげさせた。
思えば小さい頃からアーサーはよく泣く子どもだった。
まあ他人よりも悲しい出来事によく遭遇する子どもだったからというのもあるが。
再び嗚咽するその頭を引き寄せて、胸元に抱き寄せる。
──エリザがっ…一階のほうの寝室…じゅんび…してくれ…てっ……
しゃくりをあげながら言う言葉に、ギルベルトは軽い目眩を感じた。
「えっと…一応、エリザとお前、夫婦だよな?」
と問いかけると、アーサーの口からは、便宜上戸籍はそうなっているが、姉弟のような関係だと、エリザと同様の答えが返ってきた。
「…でも…俺様とエリザのビジネスランチの写真見て号泣したって聞いたんだけど…」
とさらに聞くと、
「…ギルに…俺は避けられてたから…っ……エリザは良くて…俺だけやなのかって…」
と、アーサーの目からぶわっとまた涙が溢れ出た。
俺様の…バカヤロぉぉーーー!!!!!
そのアーサーの言葉に、ギルベルトは思わず頭を抱えた。
「ちげえよっ!!俺様が離れないとアルトが幸せになれねえって思ってたんだよ」
と、ギルベルトが事情を説明すると、
「…それ…そう言うように、エリザに頼まれたとかじゃなくて?」
と、不安げな顔で聞いてくる。
「あのな…エリザに頼まれて嘘つけるくらい冷静なら、結婚してるやつの家で、配偶者も同じ家にいんのに、血迷って押し倒して襲おうとかしてねえから……」
我ながら我慢の聞かない思春期の少年のようでなかなか恥ずかしくて、赤くなった顔を隠すように少しうつむいてガシガシと頭を掻きながら言ったら、
──…そっか……
と、小さな…でも心底安堵したような声に向けた目に、嬉しそうなはにかんだような、なんとも言えない可愛い顔が飛び込んできて……我慢がきかなくなった。
「…あの…な、寝室って…その…エリザの許可が出てるってこと…だよな?」
と、返事を待たずに立ち上がって、アーサーを抱き上げると、ギルベルトは準備されている一階の方の寝室とやらに駆け込んだ。
こうして出会ってから23年。
中学でそういう意味で意識して10年ほど経ってようやく本懐を遂げ、一息ついたギルベルトの腕の中では、可愛い愛しい幼馴染が、疲れ切って熟睡中だ。
エリザが寝室の準備をしておいてくれているから…というのは、そういう事に誘っていると同義語なわけなのだが、自分で言い出しておいても、いざそういう事をするとなると恥ずかしいと泣いて泣いて泣いて…それをゆっくりゆっくり宥めながら進めていくと、今度は羞恥とは別に快楽に戸惑いながらすすり泣いた。
そんな様子が本当に可愛くて愛おしくて…幸せすぎて、世界を手中に収めたような気分になった。
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