素敵な家庭の作り方2

「まあ座ってくれ。何か飲むか?」
と、エリザを招き入れて、シングルなので一つしかない椅子をエリザに勧めると、エリザは短く

「たぶん激高すると喉乾くからミネラルウォーター」
と、実に彼女らしい遠慮のない返事が返ってきた。


自分用には備え付けのコーヒーをいれようかとも思ったが、今は飲み物にこだわっている場合じゃないし、極力そのあたりの時間をとらないようにと、ギルベルトは冷蔵庫から自分とエリザの分、2本のミネラルウォーターを出して、自分はベッドに腰を掛けて、ペットボトルを一本エリザに渡した。


するとそこで、

「あたしとあんた、浮気してたらしいわよ」
と、それを受け取りつつ言うエリザの言葉に、ギルベルトの手がピタッと止まった。

浮気…浮気~?!俺様とこいつが~?!!!

「ねえっ!!絶対ねえっ!!!地球上に人類が俺様とお前と二人しかいなくなってもそれはねえわっ!!」

と叫んだものの、もしや今のシチュエーションはそういう疑惑があるということはまずいのではないだろうかと、焦るギルベルトだが、エリザは淡々と

「安心しなさい。
それ言ってきた本人は興信所とか使ってるわけじゃなく、たまたま先月打ち合わせのビジネスランチの時にレストランで居合わせた時に隠し撮りしただけらしいし?
念の為ここにくるまでには足がつかないようにいくつか回り道して、途中服も変えてるから。
あと、念の為ね、いちゃもんつけられた時に身の潔白を示すためにここに入ってからはずっと録画させてもらってるし。
別に表にだすものじゃないから、気にしないで話をしていいわよ」

などと言って、小型のカメラをちらりと見せた。


もしかして今回の出張の日程を変更したのもお前の差金か?」

色々混乱しながらも、ギルベルトは脳内で情報を整理し始めた。


もともとギルベルトが務めている会社は、エリザの祖父が会長をしている会社で、幼馴染ということもあって、幼い頃から優秀だったギルベルトを彼女の父がヘッドハントした形である。

エリザ自身も同じ会社の別の部署で働いているし、たまに一緒に仕事をすることもある。

もちろん普段は会長の孫であっても特別扱いなどはないが、そういう事情なのでその気になればギルベルトのスケジュールを変更したりも不可能ではない。


それゆえの質問なのだが、エリザはそれには直接答えず、しかし代わりに返ってきた言葉が
「あんたも馬鹿じゃないし、家帰って今の状況には気づいたからこその、今日のホテル宿泊よね?」

なので、おそらくそうなのだろう。


「あんたの嫁の浮気はたぶんガチね。
あたしがうちに送ってきた写真と手紙に激怒してたら、たまたま友人があんたの嫁らしき女がホテル街で男と歩いてるの見たって言うから。
その子いわく、相手はうちに出入りしてる業者の男だと思うって。
あんたの嫁、寿退社する前はその業者の担当だったから顔見知りだし。
まあ、そんなことどうでもいいのよ。
あんたの家庭内の事に口出しする気はないし?
でも自分の側にやましいことがあるからって、他人との浮気をでっちあげるってどういう料簡なのかしらね?
しかもあたしに直に言うならまだしも、いきなり写真をうちの可愛いアーサーに送りつけるって時点で、悪意マシマシよね。
さすがに温和なエリザさんも怒ったわよ?
というわけで、嫁を泳がせるために今回の出張の日程をいじって罠張ってみたんだけど、案の定だったわけね?」

というエリザの言葉で、ギルベルトの脳内に生じた疑問の答えが全て弾けでた。


つまり…嫁は自分が有責にならないよう、ギルベルト側の落ち度を見つけてギルベルト側の有責で離婚をしたくて、エリザとの関係をでっちあげようとしたということか…

それをエリザじゃなくてアーサーに送りつけたのは、おそらく嫁も元同じ会社の社員でエリザの弁が立つのは知っているし、普通のレストランで同僚と一緒にランチをしていたくらいで浮気の証拠とするのはあまりに弱く、本人から否定されたら終わるので、エリザの配偶者に疑念をもたせて味方につけて有利に事を運ぶためということだろう。

それでアルトは?」
と、ギルベルトが聞くと、エリザの眼がさらにきつくなった。

「泣いてるに決まってんでしょ。
あんたがヘタレで中途半端に逃げたせいで、あの子ずっと情緒不安定だったんだから」

へ?」

「へ?じゃないわよ。
気づいてないとは言わせないわよっ!
あの子はあんたのことずっと好きで、あんたもずっと一緒にいるようなこと言ってて逃げて女と結婚したから、当時あの子ボロボロで、あたしもあの子の事は弟みたいに思ってたから放っておけなくて保護する意味で籍入れたのよ。
それであの子は一生懸命立ち直ろうとしてたけど、一度見捨てられたっていうのがあったから、あたしを含めて他人を信じられなくなってて他人じゃなければ大丈夫かもとおもって、人工授精までしてあの子にとって他人じゃない人間生んで与えてあげて、それでようやく少し落ち着いてきたところだったのに」

「なんで人工授精?
お前らどっちか不妊なのか?」

「はあ?馬鹿じゃない?!
言ったでしょ!あの子はあたしにとって大事な弟みたいなもんで、あの子にとってはあたしは頼れる姉みたいなもんなのっ!
その関係が崩れない前提であの子はあたしを受け入れられるし、あたしも同じく。
ようはうちの子はあたしが代理母として生んだあの子の子って位置づけなのよ」

エリザの言葉にギルベルトは少なからずショックを受けた。

幼い頃からアーサーを守って面倒をみていたのはエリザも同じで、でも、自分は世間とか社会的にこれがアーサーの幸せなのだろうと勝手に思い込んで彼を傷つけて、エリザはその間ずっと全身全霊で彼を守り続けてきたのだ。

何故アーサーに直接話さなかったのか
せめてエリザに相談するくらいの事はすべきだった。

今となっては全てが遅いのだが

「あんた全てが今更遅いなんて思ってんじゃないでしょうね

と、恐ろしいことに、エリザはギルベルトの心の中を読み取ったように言って、ギルベルトの襟首をつかんだ。

「いい?!過去は変えられない。
でもあんたにはクズ嫁をなんとかして、これ以上あの子を傷つけさせないようにする義務があんのよっ!
メソメソと感傷にひたってんじゃないわよっ!!」

ああ全くその通りだ。
せめてこれ以上、アーサーに害が及ばないようにしなければならない

「その手の根回しや計略はあたしよりあんたのほうが得意じゃない。
早急になんとかしなさいよっ!」

と言われて、頭がスッキリしてきた。
まったくもってその通りだ。

エリザはギルベルトが逃げている間、アーサーをきっちりと守ってくれたのだ。
今度は自分の番だろう。


「エリザ今まで本当に悪かった。
目ぇ覚めたわ。
俺様きっちり片を付けてくるから、アルト頼むな?」

戸惑いが消えてすぅっと澄んでくる目に、エリザは少し目を丸くして、しかしすぐに

「頑張んなさいよ、相棒っ!!」
と、ギルベルトの拳に拳をぶつけて、にやりと笑った。




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