素敵な家庭の作り方1

あ~これは決定だなぁ……

ギルベルト・バイルシュミット28歳。
結婚4年目の冬のことである。

出張からの帰宅が予定より2日ほど早まって帰宅したら、嫁が家にいなかった。
ダイニングテーブルに放置されたスマホ。
悪いと思ったが何か非常事態があったならわかるかもと開いてみる。

ロックはかかっていた。

しかし嫁自身はとっくに忘れているだろうが、以前彼女に頼まれて彼女のスマホで友人との写真を撮る時に電源が落ちてロックがかかるからと聞いた暗証番号は、未だに変わっていなかった。

なのでロックを解除して、Lineを立ち上げて見知らぬ名があったので覗いてみると男。
わかりやすくデートの約束やら、ピロトークの延長線上のような会話の数々。

ギルベルトはLineを閉じてスマホも閉じ、つけた灯りを急いで消して、自室にこもる。

Lineを見ると3歳になる息子は嫁の実家にあずけていて今日デートらしいが、おそらく嫁は何かスマホをいじりながら支度をしている時にうっかりダイニングにそれを忘れたまま出てしまったのだろう。

待ち合わせの時間と場所を考えれば、まだ家を出てからそうたってはいないので、取りに戻ってくる可能性もある。

だから鉢合わせしないようにと、ギルベルトは書斎に入ると目立たない小さな光源の間接照明をつけてスーツをハンガーにかけ、そのままソファに寝転がってネット書籍を読むことにした。


ほんの数分後、ギルベルトの予測の通り、鍵の音とドアが開く音がした。
自分のものよりは若干軽い嫁の足音。

──これ忘れたら大変っ
と、ダイニングの方からつぶやきが聞こえる。

もちろんギルベルトは声をかけない。
それどころか極力息を潜めて嫁が再度家を出るドアの音と鍵をかける音がするのをじっと待った。

そのまま念の為30分ほど待って、ギルベルトは再度スーツを着てカバンを持つと、そっと自宅を出てタクシーを拾って、タクシーの中でホテルを予約。

出張の本来の帰宅日の明後日まではホテルに泊まることにする。



嫁の浮気を知った男の行動としてはどうなのだろうと、思いはするが、ギルベルト自身は他に好きな男を作ってくれた嫁にホッとしていた。

ずっと感じていた罪悪感が和らいでいく。
相手が独身なら離婚して、再婚の後押しをしてやりたい。


そんな風にギルベルトが思うのにはわけがある。

昔、ギルベルトには好きな相手がいた。
それこそまだ5歳の頃、初めて赤ん坊の相手を見てからずっとという筋金入りだ。

相手はお隣さん。
裕福ではあるが赤ん坊の母親は後妻で、前妻の息子3人とは彼女も赤ん坊も距離を置かれていた。

自宅に居づらかったのか、彼女は日中はよく赤ん坊を連れて庭で過ごしていることが多く、隣の家の息子のギルベルトが赤ん坊を見たがってくると、いつも庭に招き入れてくれた。

そんな縁で赤ん坊とは彼が物心付く前から一緒にいて、特に後妻が5年後に亡くなってからは、家族から弾かれたその子どもをギルベルトは影に日向にと面倒をみてきた。

その子の事は自分が守っていくのだと、実際に可能な限り守り続けて20年以上も経つと、しかしその関係をずっと維持していくのは難しいことを知る。

だって相手は男で自分も男だ。
同性婚という制度はあるにしろ、やっぱりそれはマイノリティで、父親がいて母親がいて子どもが生まれてという、多くが幸せだと考えるような家庭を、自分ではその子に与えてやることはできない。

そう気づいたギルベルトが彼のためにできたのは、彼と距離を取ることだった。
自分が今までのようにいつでもどこでもついていては、彼はそんな伴侶と出会うことができないだろう。

それでなくとも家族の縁が薄かった彼に温かい家庭を持たせてやりたかった。
だからギルベルトは就職を機に少しずつ彼と距離を取った。


そんな時に告白して熱心に迫ってきたのが今の嫁だ。
自分には絶対に一緒にはなれないが好きな相手がいるので無理だと何度も断ったのだが、それでも良いからと何度断っても聞きいれてもらえない。

その繰り返しで彼女の口から出てきた『その相手をきっぱり諦めるために結婚するのも一つの手でしょ?』と、そういう理由でも良いからと言われて、押し切られるように結婚した。

確かにそれは、就職だけではなかなか離れる理由を作れないギルベルトにしてみれば、さらに距離を取るのに良い理由ではあったのだ。

そんな風に結婚をしたのだが、相手がそれでもと言ってきたにしても、自分の側が相手を利用しているということには変わりない。
だからギルベルトは表面上は良い夫をしてきたが、常に罪悪感がつきまとう。

そういう事情もあったので、彼女に他に好きな相手ができたとしても、責める気はまったくなかった。

ギルベルトがあれだけ距離を置かなければと悲壮な気持ちでいた当の幼馴染は、ギルベルトが結婚した数年後に、なんと共通の幼馴染の女と結婚して、最近子どもが生まれて幸せな家庭を築いているようなので、自分が彼から離れて彼が幸せになることに協力してくれた嫁には感謝してもしきれない。

だからこそ、もし彼女の相手が彼女との事を真剣に考えてくれるなら、こちらから頭を下げて彼女を送り出し、円満離婚をしても良いと思った。

ということで、彼女の相手が判るまでは浮気のことには触れないようにと、この行動なわけである。


自分が一人になるのは構わない。
確かに結婚して4年間、恋愛的な意味で愛していたとは言えないが、普通に夫婦をやっていて家族としての情はあったし、帰宅すると当たり前に嫁がいたから、また暗い部屋に帰るのかと想像すると、寂しいと思わなくはない。

だが、それは自分の側の都合だ。
むしろ幼馴染が何か困った時に優先して手を差し伸べたいなんて思っている自分は、客観的に考えるなら一人が良い。

まあ一人と言っても、もし嫁が再婚するなら、ギルベルトのDNAしか入っていないのではないかと思われるほどギルベルトに瓜二つの息子は置いていくのだろうから、正確には父と子の二人の生活をすることになる。

そうなるとシッターを雇うことになるが、母がいなくなったあとにいきなり他人のシッターとばかりというのも子どもが可哀想だし、仕事の形態を変えて、少し子どもとの時間を多く取れるようにしたほうがいいかもしれない

色々な感情やら感傷がクルクル脳内を回る中、チェックインしたホテルのベッドに寝転んでいると、ベッドサイドの小テーブルにおいたスマホが振動して、ギクッとする。

まさか、もうバレた??

と、慌ててスマホの画面を覗き込むが、嫁ではなかった。
なんとギルベルトの大切な大切な幼馴染と結婚したもう一人の幼馴染の女からの電話だった。




──あんた、バカぁ?!!嫁くらいしっかり躾けしときなさいよっ!!

通話をタップした途端、いきなり怒鳴られた。

幼馴染エリザは、もともとキツイ女だ。
いや、正確に言うと、ギルベルトにはキツイ。
この剣幕で物を言ってくる時は、目の前にいたら確実に手が一緒に出てくるパターンだ。

それもそう珍しいことではないので、慣れっこといえば慣れっこなのだが、今回はその言葉にひっかかった。

嫁?まさか嫁の浮気がエリザに知られてる?!!
じゃあその相手って……

と、卒倒しそうになったが、違ったらしい。

『あたしの可愛いアーサーにイチャモンつけてきて泣かせてんじゃないわよっ!!
あんた達夫婦の喧嘩にあの子を巻き込んだら殴るわよっ!!!』

という言葉で、ギルベルトの脳内ははてなマークで埋め尽くされた。

が、驚いている時間はない。
嫁がアーサーに何かしているとしたら、それは大問題だ。


「悪い。俺様なんのことかさっぱりわかんねえんだけど
嫁と喧嘩もしてねえし
ただ、最近こっちもちょっとしたことがあってエリザ、今からじゃさすがに出られねえよな?
確認したいことがたくさんあるんだが……

彼女と話すと互いに文句から始まって大抵は売り言葉に買い言葉の喧嘩になるのが常で、ギルベルトが先に素直に謝罪することは珍しい。

だからエリザも状況がちょっと違うと思ったのだろうか。

ルート貸してくれる?もう夜になるしアーサーと赤ん坊だけにするの怖いから。
あたしもフェリちゃん呼ぶけど、何かあってもフェリちゃんじゃ対処できないと思うし』

と言ってくるので、了承して、エリザにホテル名とルームナンバーを告げると、ギルベルトは弟のルートにエリザの家にすぐ向かってくれるように電話して頼んだ。

こうして数十分後、ホテルのドアがノックされる。
もちろん、ドアを開けた先にはエリザが立っていた。


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