社会経験の一つとして始めたファーストフード店のバイト。
それほど大きな店舗でもなく、平日の午後ということでかなり空いている。
なのでギルベルトはレジを同じくバイト仲間の女子高生にまかせて裏でポテトを揚げていた。
細いのでカリッと揚がったそれにほどよく塩をふりかければ、至高の逸品のできあがりだとギルベルトは思っている。
そんなポテトを揚げ終わってふとレジの方へ視線を向けると、平日のこの時間には珍しく客が並んでいた。
……と言っても一人だが…。
どうやら今対応している客の注文が多くて手間取っているらしい。
なにか時間がかかりそうな気がしたので、ギルベルトは隣のレジを開け、
「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」
と、その後ろに並んでいる学生らしき客に声をかけた。
そして特になにか考えることもなく、マニュアル通りに
『いらっしゃいませ!こんにちわ。店内でお召し上がりですか?』
と聞いたのだが、はいorいいえくらいの簡単な答えが返ってくるのを待っていても、返答がない。
そこでギルベルトは初めて客に注目した。
そして思わず凝視する。
なんというか…可愛らしい。
普通に中高生っぽい制服を着ているのでおそらく中学生だろうが、広い額に零れ落ちそうに大きく丸い目のその少年は、私服でそうだと言い切られれば、小学生と言われても納得できてしまう。
もう聞くまでもなく明らかに緊張した様子でぷるぷると震えていて、
──ああ、これってもしかして”初めてのお使い”ならぬ”初めてのファーストフード(の注文)”か──
と、なんとなく察してしまった。
そう思って、おそらくいきなり一人で来たのではないだろうし連れがいるだろうと店内を軽く見回せば、少し離れたテーブル席に同じ制服を着ている高校生らしき男が座っているので、あれが連れだなと見当をつけて、
泣きそうな目で自分に視線を送ってくる少年に対してにこりと微笑むと、
「後ろに居るの、お連れさんだよな?
だったら、ここで一緒に食ってくって事で大丈夫か?」
と、聞いてやる。
もちろん少年の緊張をほぐすためとは言え、店員としては敬語を崩すのはNGなので、少し身をかがめて少年にしか聞こえないように小声で言ったわけなのだが、それだけで少年はすごくホッとした顔をしたので正解だったのだろうと、ギルベルトも内心ホッとした。
その安堵してほぅっと息をついた様子があまりに可愛らしくて、プライベートなら写真や動画の一つでも撮りたいところだが、あいにくと自分は仕事で相手はお客様。
友人達や弟ではないので、じっと我慢の子だ。
とりあえず少年がコクコクとうなずいたところで、第一関門突破。
「じゃ、どれにするか教えてくれ。
ゆっくりで良いからな?」
と、続けて言ってやると、そこは一生懸命暗記してきたのだろう。
少年はキラキラした目で
「ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つ!」
と、誇らしげに言った。
──やっべえ~~!!可愛すぎだろ、こいつ!!!
もう悶え転がりたいのを必死でこらえ気合と根性で平静を装って、ギルベルトが、
「ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つでございますね」
と、営業口調に戻してそう確認をすると、少年はハッとしたように
「あ、それとっ!!」
と、ギルベルトを見上げて続ける。
いかにも勢い込んで…という様子も可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「はい、他にもございますか?」
と、もう思い切り微笑ましい気分でそう聞き返したら、何故か少年が固まった。
見る見る間に最初の泣きそうな顔に戻っていく。
…というか、大きな丸い目が涙で潤んでいく。
──え??え??俺様なにかまずい言い方したっけ???
と、ギルベルトは少年の急変ぶりに焦るも、マニュアル通りの言葉で、それほど難しい事は言っていない気がする。
なんだ?どうしたんだ??
と、ギルベルトの方も内心動揺していると、いきなり鳴るスマホの着信音。
「すみません、ちょっとだけ良いですか?」
と、律儀に聞いて少年がスマホを取り出す。
もちろん他にレジに並んでいる客もないし、
「どうぞ」
と、応じると、少年はスマホを覗き込んだかと思うと瞬時になにかタップしてそれをポケットにつっこんで、気まずそうにギルベルトから視線をそらしながら
「スマイルテイクアウトで…」
と、早口で言った。
あ~、もしかして罰ゲームか何かなのか~と、そこでギルベルトは納得した。
そして一瞬、少年の方をニヤニヤ見ている少年の連れらしき高校生をにらみつける。
たぶん…少年が初ファーストフードなのは確かだろう。
そんな初めての経験で、わざわざ嫌な思い出を残させようとする連れに腹がたつとともに、意地でも嫌な思い出なんか残させるまいと、ギルベルト中の変な闘争心に火がついた。
自慢じゃないが、頭は悪くはない。
バカでは有名な進学校の主席で生徒会長なんかにはなれはしない。
状況によって適切な対応を弾き出す訓練も兼ねて、わざわざ勉強その他で忙しい合間を縫ってこんな風にバイトをしているくらいで、頭でっかちとかでもない。
…というわけで、そんな巷でも指折りの優秀な高校生であるギルベルトの脳内で、ものすごい勢いで情報が錯綜し、適切な対応がはじき出された。
その間、わずか1,2分ほど。
「スマイルテイクアウトは30分ほどお時間がかかりますが、宜しいですか?」
と、最終的な計算結果が出たのでそう返せば、少年は
「…へ?」
と、きょとんとした表情でギルベルトを見上げた。
そんな表情をしていると、ますます幼く見える。
こんな子どもにこんな嫌がらせをしてくるなんて、本当に許すまじ!!
そんな怒りを押し込めて、飽くまで笑顔で
「ハンバーガー2つ、コーヒー2つ、ポテトのL1つ、こちらは店内で。
スマイル1つテイクアウトで。
計720円になります」
と、商品を用意してそう伝えると、少年はハッと我に返った様子で財布を取り出した。
支払いを済ませて高校生の元へ戻る少年。
彼は高校生になにか文句を言っているようだが、高校生の方は相手にせずと言った感じでニヤニヤ笑っている。
感じが悪い奴…と、ギルベルトは内心憤った。
少年に対しての”スマイルテイクアウト”の対応とは別に、あちらには多少の嫌な思いをしてもらおうか…と、色々脳内で対応を考える
少年の方もぷくりと膨れつつ、こちらももう言っても無駄と諦めたらしい。
そして連れからトレイの方へと視線を移してハンバーガーの包み紙を開くと、ものすごく嬉しそうに目を輝かせる。
ぱくり!とひとかじり。
丸くなる目、こぼれ落ちる笑み。
ああ、可愛い。
頭を撫で回したくなる可愛さだと思う。
嬉しくて嬉しくてたまらない…そんな風に初ハンバーガーを満喫しているらしい少年の愛らしい様子にしばらく癒やされていたが、あろうことか、連れの高校生はあろうことかハンバーガーを齧っている少年を一人残して、店を出ていった。
席を立つ男に少年が慌てたように声をかけるが、男はひらひらと手を振り逃げていく。
本当に…本当にとんでもないやつだ。
残された少年は一人心細げで心配になるが、今はまだ勤務時間中なので側についていてやるわけにもいかない。
なのでギルベルトはバイトのシフトが終わる20分後をジリジリしながら待ったのだった。
1話(Pixiv)<<< >>> Next(6月11日0時公開予定)
0 件のコメント :
コメントを投稿