「………」
「そろそろ降ろしてくれ」
「却下」
「なんで?別に普通に歩けるし、宴会を抜けてきちまったんだから今更逃げないから」
「…後ろ…見張られてる。たぶん部屋まではこっそりついてくるんだと思うぞ」
「っ……??!!」
素知らぬフリで自分を抱えて歩き続けるギルベルトの肩越しにこっそり後方を覗き見ると、確かにギンギンとした2組4つの目。
普通なら心配してくれているのかと思わないでもない場面ではあるのだが、それにしては随分と視線がキツイと言うか…突き刺さるような感じで、アーサーはふるりと身を震わせた。
「…寒気がしてきたのか?」
と、それにずれた質問をしてくるギルベルトに、普段なら悪態の一つでもつくところだが、とてもそんな気持ちにはなれず、ただ
「…桜とリヒテンの視線が…痛くて怖い…」
と、アーサーにしては珍しく弱気な発言をしてみると、
「あ~、俺様もだ。一体何なんだろうな…」
と、頭上からギルベルトのため息がこぼれ落ちてきた。
そして
「とりあえずリヒテンに言われた通りこのまま運ばねえとなんだか嫌な事になりそうだから、大人しく運ばれててくれ」
と続く言葉に、なるほど、と、納得してうなずいた。
そのまま廊下を歩くギルベルトの後ろを尾けてくる乙女2人。
そう言えば自分の離れは桜とリヒテンの2人の部屋がある。
ギルベルトが自分を部屋まで運んで去ったら、まるで真剣に怒っているような2人から何か言われるんだろうか……と、アーサーは恐ろしく思ったが、”好んで独り身”の大人はさすがだ。
そんなアーサーの不安もまるっとお見通しらしい。
「このまま俺様の部屋に行くな?
2人も俺様の部屋しかない離れには追ってこれないだろうし。
表向きにはそうだな…病人を1人で放置しておくわけにもいかないし、看病や様子見なら自分の部屋のほうがやりやすいからとでも言っとくか…」
と、ギルベルトはやはり先程から何度めかわからないため息をつきながら、そう言ってくれた。
こうして運び込まれたギルベルトの部屋。
まずはアーサーを降ろして、万が一庭の方から回り込まれた時の乙女たちの視線を避けるために襖を閉めた。
それから布団を敷いて
「ま、凸された時に寝てないとまた何か言われそうだからな」
と、促される。
本当に…面倒をかけていると、アーサーは落ち込む。
自分はただこの場所でギルベルトに師事をして彼に並び立てるくらいの武人になりたかっただけだった。
でも…役に立つどころか、自分がいるだけでボヌフォワ軍に多大な負担をかけている気がする。
そんなアーサーの沈んだ気持ちも、ギルベルトには当たり前に見抜かれているようで、
「な~に、シケた顔してんだ。
おら、言ってみろっ!」
と、ギルベルトは布団の上にぺたんと座り込んだアーサーの頭をグリグリと撫で回した。
今日…街へ出て色々買い物の仕方を教わって帰りに光秀に会ったあと、アーサーを館に返したギルベルトがその足でローマの元に向かったのは知っている。
あれは詳細はわからないが、たぶん自分のせいだろうと思う。
だって出かける時はローマのところへ行くなんて言ってなかった。
今にして思えばここに来る前だって、色々揉めていた。
ローマ以外の人間の下につくのは不満でもここに来ることにしたのは、半分は腹違いの兄達からも弟達からも自分が家を継ぐ事に対して不満を持たれていて、ギスギスした空気が嫌で、ここに逃げてきたようなものだと思う。
その挙げ句がここでも自分の未熟で迷惑をかけているのだ。
情けなくて情けなくて、涙が出てくる。
「お前は…普段ははっきり物言うくせに、泣く時は声もなく泣くんだな…」
ただ黙って無表情で涙をこぼすアーサーに、ギルベルトが言った。
そして、ぐいっと大きな手でアーサーの頭を自分の肩口に引き寄せる。
「まあ、こういっちゃなんだがな、俺様は天才だのなんだの言われてるけど、分はわきまえてる。
自分の知略で世界を救えるなんざ思っちゃねえし、自分の手だけで天下を取れるとも思っちゃねえ。
ただ、頭に頂いたフランの他には、両手で抱えられる分、お前とリヒテンの2人くらいなら、なんとか助けてやれると思ってるし、助けてやろうと思ってる。
そのくらいの甲斐性はあるつもりだから、何か自分でどうしようもなく抱え込めなくなってんなら、遠慮なく言え」
と言って、そのままアーサーの落ち着くのを待った。
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