とある白姫の誕生秘話──エピローグ


──ア~ルト、今日夕飯何が食いたい?
──課長補佐、社内でじゃれつくのはやめてください。食事はシュニッツェルが食べたいです。


終業時。

後ろから抱きついてくるギルベルトを軽く交わしながら、それでも夕飯については真剣な様子で考えて伝えるアーサーに、女子社員も含めたフロア内の社員たちが微笑ましげな視線を送っている。

ギルベルトからの執着と善意を示されながらも、それを周りが責める様子はない。
そんな本当に思っても見なかった平穏な日々。

むしろ本来なら怖い顔で迫ってくると思われた女子社員達が、

──アーサー君可愛いわねぇ
──やっぱりギルベルトさんの隣にいるのはアーサー君じゃないとねっ

などと、ギルベルトと一緒にいる事に誰よりも肯定的なのが不思議だと思う。



それは1週間前のあの日…ギルベルトに誰にも歓迎されないような結婚生活を送らせるくらいならと、別れる決意をして二人の家を出て同期の茂部太郎の家に転がり込んだあの日…

茂部太郎に説得されて同席と事情を話すのを了解したので足を運んできてくれたエリザに、入籍と写真の事について公にしても大丈夫と太鼓判を押されて、もしそれで問題が起きたら自分が全責任を取る、アーサーが好奇や敵対の目を向けられるようなら、自分がそれ以上に注意を引くようなことをやらかして、注目は全部自分に向くようにするし、それでも嫌なら、社長を脅して影響の及ばない遠くなんなら他国の支社への転勤ができるようにさせるなど、説得された。

ギルベルトからはすでに今回の件は絶対に他言しないようにと念押しをされた上で全ての事情を聞いて知っているという彼女は熱心にそう勧めてきて、どうしてそこまで熱心なのかというアーサーの問いには

「ん~~ギルがね、本気だから?
あたし達は精神的兄弟みたいなものなのよね。
互いの事を誰よりもわかってるし、普段はね、喧嘩ばかりだけど、実はたぶん自分の伴侶くらいの人間を除いたら、世界で一番潰れてほしくない相手っていうか互いが健在な事で安心できるっていうか
ただね、恋愛感情とかじゃないのよ。そういう目で見ろと言われると、すごく気持ち悪い。
ギルもあたしも、世界で人類が二人きりになったとしても、伴侶的な意味ではお互いだけはありえないって断言できるしね。
中学生になったばかりの頃、周りがあたしに対しての態度がすごく変わった時期で、それにあたしが精神的に参っちゃった時も、あいつだけは態度変えなかったしね。
今回、あたしはお似合いだと思うけど、もしも世界中がアーサー君とあいつの関係を認めなくて敵に回ったとしても、あたしだけは二人の味方よ。
だって、27年間、本当に好きな相手以外とは恋愛しないって律儀に貞操守ってきたくらいだった、あいつの本気の恋愛なんだもん。
たぶん、アーサー君があいつの事いやだ、離れたいって言っても、あたしはその原因を聞いてあいつに直させることはすると思うけど、最終的には離れたくないっていうあいつの意思を尊重して味方すると思う。
悪いけど、なんでも協力してあげるし、なんならありとあらゆる人脈使ってでも、二人に危害が及んだり嫌な思いをしないようにはしてあげるけど、あいつから逃げるっていうのだけは諦めてね」

と言うと、にこりと笑った。


嫌なわけがない
それでギルベルトが困るようなことがないなら、一緒にいたいに決まっているじゃないか。

──逃げたいから離れるわけじゃない

そう言って泣いたら、

「なら大丈夫。エリザさんに任せなさい。
世界で一番、安心安全強力な大船よ?」

と頭をなでてくる手が、自称兄弟だけあって?なんだかギルベルトのそれと同じような温かさだった。



こうしてカミングアウトはエリザがするからと言うので任せていたら、翌日の夕方にはギルベルトのファンの綺麗どころが血相を変えてシステム部に駆け込んできた。

エリザいわく、ギルベルトの縁談避けにギルベルトから提案して、現在はもちろんのこと、今後ずっと一定のレベルの生活を保証すること、アーサーに一緒になりたい相手ができるまでという条件での入籍で、写真も入籍相手がちゃんといると見せるためにアーサーが女装したものだという事にするということで、そんなので本当に矛先がかわせるのかと思ったら、なんと思い切りかわせたらしい。

びびるアーサーの手をガシっと掴んで

「アーサー君、ギルベルトさんをよろしくねっ!しっかり見張ってねっ!
怪しい女とかうろついたら、言ってね!あたし達が全力で追い返してあげるからっ!!」

と、勢い込んで言ってきた。


彼女たちはどうやら、自分以外の女に取られないように、牽制のためにアーサーにギルベルトの側にいてほしいらしい。

それとは別に、そういう意味では今までギルベルトにもアーサーにも特に近寄ってきたりはしなかった、美女軍団よりは若干地味めの女性達が、

「お似合いだと思うっ!二人のこと応援してるねっ!!」
と、キラキラした目で言ってきた。

男性社員達はみんなの兄貴的なギルベルトが、なんだか可愛い新入社員に弱みを握られて尻に敷かれている図というのが面白いらしくて、ギルベルトのかみさん怒らせて離婚されたら人生終わる発言をネタに楽しんでいる。


女装に関しても、今度、エリザが男装で女装したアーサーと一緒に男女を超えた美しさをテーマにポスター撮りをするということもあって、からかわれることもなく、驚くほどあっさりと色々なことが社内で当たり前に受け入れられた。



こうして平和な一日が終わって週末。

もうバレても問題がなくなったのもあり、週に1日はギルベルトの希望でお姫さんになって過ごしているので、帰宅後、ドレスに着替えて夕食を摂る。


メインはアーサーのリクエスト通りシュニッツェル。
サクッとした衣を噛みしめると、中から子牛の肉のジューシーな肉汁がじわっと口に広がる逸品だが、グラスに注がれた赤紫の液体を口にして、アレ?と思った。

いつもなら週末の夕食の飲み物はアルコールなのでてっきり赤ワインかと思ったら、グレープジュースだった。

グラスを手に一瞬止まるアーサーの肩を少し抱き寄せて、そのこめかみにちゅっと軽く口づけを落とすと、ギルベルトが言う。

「今日な、久々にギルドの面々とギルドイベントやろうって事になってんだ。
だから、飲みたかったら0時過ぎてログアウトしてからな」

そう言われて、なるほど、と、思う。


アーサーがアリアでインした時にはそんな話聞いていなかったが、アーサーはこのところ勉強が忙しくて毎日インしていたわけではないので、いない時にそんな話になって、ギルに言えばアリアに伝わるということで、言われなかったのかもしれない。

「じゃ、今日はお菓子持参でギルさんの部屋?」
「だな。食器片付けたら悪いけどタンブラーに紅茶淹れてもらっていいか?
あれだけはお姫さんが淹れたのが一番美味いし」
「わかりましたっ!じゃあギルさんはPCセットしておいてくださいね」

と了承して、アーサーは食後にお姫さん仕様の真っ白なフリルのエプロンをつけて、鼻歌交じりでキッチンへ。

ギルベルトが焼いておいてくれた菓子は大きな物は切り分け、小さな物はそのままで大皿に並べ、見た目も綺麗に整える。

そうして9時少し前にそれらが乗ったワゴンを押してギルベルトの部屋のドアをノックした。

「ギルさん?入りますよ?」
と、声をかけると、ノブに手を伸ばす間もなく、ギルベルトがドアを開けてくれる。

それに礼を言って、ベッドラックに並んだ二台のPCの間に菓子を、紅茶が入ったタンブラーはそれぞれPCの外側においた。

「あギルさん、もうインしてたんですね」
と、すでにゲームにログインしているギルベルトのキャラを横目に、自分もログイン。

すると一応週末なこともあるのか、ギルドメンバーがほぼ勢揃いしていた。

『ごきげんよう。全員集合って珍しいですね』

アリアでログインして挨拶をすると、みんな口々に挨拶を返してくれる。
そのやりとりが一通り終わると、ノアノアがアリアの部屋を訪ねてきて、

『これ、みんなで素材を集めて合成スキルの高い私が作ったんです。
受け取ってください』

と、トレードされて、なんだろうと思って受け取ると、なんとドレスだ。

『え?え?ドレスですか?』
と驚いている間にまたトレード。

今度はヴェール。


それらはイルヴィス婚をすると無料でもらえる物と同じデザインで、しかし普通に作るには希少な素材と高い合成スキルを必要とする。

何故そんな物を??と驚いていると、どんどんトレードされる、靴、花束、アクセサリ。

『全てつけてみてください』
と言われて

『え?でも
と戸惑うが、

『お願いします』
と言われて、おそるおそる全てを身につけると、ほぼイルヴィスウェディングの花嫁の格好だ。


『じゃあ、ついてきてください』
と言われて飛ばされるパーティの誘い。

促されるまま外に出ると、ノアノアはいきなりワープする。
そしてついたのは空中庭園というダンジョンの入口あたりにある空の神殿。

扉を開いて中に入ると、いきなり鳴らされる大量のクラッカー。

『ええ???!!!』

飛び散る紙吹雪の向こうの祭壇の前には、胸元に大きな十字架の模様の入った神父っぽいヒーラーの長衣を着たメンバー。

そして…その前にはやはりまるでイルヴィスウェディングの花婿のような格好をしたギルがいて、アリアに向かって手を差し伸べた。

『さあ、花婿がお待ちですよ』

と、ノアノアに促されて、バージンロードを歩く花嫁とその父よろしく、ノアノアに付き添われてギルの元まで行くアリア。

ギルの隣までたどり着くと、クラッカー第二弾。

『これは一体……
と、周りを見回すと、

『サプライズウェディングです。
イルヴィスウェディングのように公式のものじゃありませんけど、ギルドメンバーみんなでお二人の門出を祝えたらなぁと思って、手作りの結婚式をあげようとみんなで色々頑張ってみました』

「俺らが籍入れたの知って、リアルで集まることはできないから、せめてネットで祝いたいって言ってくれたんだ。
で、どうせならお姫さんには秘密にしてサプライズパーティにしようってことになった」

と、リアルで隣のアーサーに告げるギルベルト。

大勢の友人に祝福された結婚式……
それは全てが丸く収まっているリアルでも望めないことで……

絶句しているアーサー。
ディスプレイの向こうのアリアは無言で硬直。

『誓いの言葉、始めて良いですか?』

との神父役のメンバーの言葉にギルベルトは苦笑して

『ちょっとだけ待ってくれ。
お姫さん、リアルで感極まってボロ泣き中だから』
と、キーに指を滑らせると、アーサーを抱き寄せて、涙を拭いてやる。

「ネットってな、匿名性があるから、良くも悪くも本音が出るんだよ。
嫌なら縁切っちまえば良いから、リアルでは絶対に口にできない暴言を吐く輩も多ければ、こうやって損得勘定なしに、心から祝いたい気持ちを持って祝ってくれる奴らもいる。
社交辞令の必要ない世界で、あいつらは年齢、性別、職業、全部関係なしに、俺とお姫さんは本当にお似合いだと思ってくれてんだ。
俺らは確かに祝福されるだけのお似合い夫婦ってことなんだぜ」


そう言われてまた涙が溢れ出て、中断すること10分。
なんとかキーボードが打てるくらいに涙が止まったところで、

『おーけぃ、そろそろ永遠の愛を誓えそうだ』
というギルベルトの言葉で、式が始まった。

永遠の愛を誓ったあとに二人はディスプレイの向こうとリアルで口づけ。


そして……

こうしてオンライゲームで知り合った二人は、花婿がストーカーに悩まされる花嫁を助けた事で距離を縮めそしてオンライとリアルでこうして結ばれたのでした……

って、やっぱりリアル結婚式でスピーチしたいですねぇと、ディスプレイの向こうで同じ場所に集いつつ、つぶやく魔法使い。

オンラインゲームでのクラスは魔法使いでリアルでも魔法使いになれるという条件を満たしている男がリアルで一人そうつぶやいて、この物語は幕を閉じたのであった。


── 終 ──



とある白姫の誕生秘話始めから



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