戦国の風が吹き荒れる世の中で迷走する集団が一つ。
なにしろご面相がすごい。
幼少のみぎりには少女のように愛らしいと讃えられ、戯れに童女の服をまとえば、異性と見間違って恋をする少年も多数。
現在は少女めいた可愛らしさはさすがになくなったものの、幼少時から変わらぬふわさらなハチミツ色の髪に、夕闇に日が落ちるさまを思わせる少し紫がかった瞳は、相変わらず美しく、青年にのそれになってきた骨格は、幼年期の愛らしさとは違う、大人の色気をたたえている。
しかしながら、貴族に生まれて宮中にでも入ればそれなりに悪くはなかったであろう、良く言えば優しい、悪く言えばややヘタレなその性格は、戦国の世の武家の集団の頭領としてはずいぶんと頼りないと自軍以外の武将には揶揄され、時にはずしすぎるハメと、しばしば露出をしたがるその性癖から、都の街の人々からは美しいが性格がやや残念と、親しまれながらも色めいた話は今ひとつな模様。
それでも生来の優しい性格から自軍の配下からは慕われ、優秀すぎる副官にも恵まれて、今をときめくカエサル軍の中でも最強の部隊と言われるボヌフォワ軍は、連戦連勝を続けていた。
「ね、本当に大丈夫なのっ?どう考えても無理だよねっ?冗談でしょ?ギルちゃん?!」
「為せばなる。俺様が信用できないなら、構わねえから逃げとけ」
「本当にやる気~?!!!」
派手な色合いの鎧を身につけているわりには
『だってお兄さんの美しい顔が見られないなんて、敵も味方も可哀想でしょう?』
と言う理由で飽くまで兜を被らず、綺麗な金色の髪を揺らして慌てているフランシス。
現在京の都を制圧している自軍の上司で日の国最大勢力、ローマ・カエサルに命じられた戦いを前にしての軍議で悲鳴をあげている。
フランシスは親を戦でなくしたため人の良いローマが自ら育てたローマの親族の子どもの1人だが、数多くいる育て子の中でも愛嬌のある性格から何かと可愛がられ、前述のように優秀な部下に恵まれていることもあり、今では戦では常に重要な位置に配属されている。
その、フランシスが数々の戦いに勝ち抜くことができた一番の要因が、まさに今、彼と対峙している男である。
「馬をひけ!」
と、フランシスに対してぞんざいな口をききつつ、わずかな手勢と共に青鹿毛にヒラリと飛び乗ったギルベルト・バイルシュミット。
出自については、下級武士の子とも噂されるが定かではない。
だがデキる武将オーラが溢れ出ている。
なにしろ、冷静、賢い、強いの3拍子が揃っている上に、フランシスのような華やかで親しみを覚えるタイプではないが、人の目を引くには十分すぎるほど、整った容姿の男だ。
綺麗な銀色の髪に、鋭い眼光を放つすぅっと切れ長の赤い瞳が特徴的で、着痩せして見えるが一方で、鍛え上げられた体躯は全身筋肉に覆われているのがどことなく感じられる。
その生真面目な性格と整いすぎた顔立ちのせいで近寄りがたい雰囲気だが、それがまた、能力の優秀さとあいまって、ボヌフォア軍の…いや、カエサル勢力の抱える伝説の軍師として全国に知れ渡り、色々な意味で憧れる人間多数。
だが、トップのカエサルを含めて他の武将からの誘い、都の女性陣の熱いアプローチも全て振り切って、なぜか武将としてはあまり評価が高いとは言えなかったフランシスの元で、今日も軍師として的確な策を練り、さらに率先してその策に従って敵陣に乗り込む副将として活躍している。
「参る!」
一日千里を走ると言われる愛馬湖嵐と共にあっという間に闇の彼方へ去る旧友を見送って、フランシスは深い深いため息をついた。
ボヌフォワ軍は今、日の国第二の勢力、今河軍と対峙していた。
もちろん本体同士の激突と言うわけではない。
言うなれば様子見の小競り合いと言ったところか。
敵の大将ももちろん大名本人ではなく、その家臣松田憲善であり、カエサル軍の方もローマ本人が出向くような事はせず、フランシスを派遣したわけだ。
「まあたかだか小競り合いにすぎねえわけだが…」
派手な扇をパチパチ開いたり閉じたりしながら、視線を自分に向けた主君ローマの様子をフランシスは思い起こした。
「たかが小競り合い、されど小競り合いだ。わかるな?フラン」
能力があれば高く取り立てるが、無いものには容赦のない、敬愛もし、畏れもしている主君ローマの声にフランシスは納得のいかない表情でそれでもうなづいた。
「派手に…圧倒的な力の差を見せ付けて叩き伏せろと?」
そのフランシスの横で、大して畏れもせぬ様子でギルベルトが絶対者の意思を確認する。
ローマはそれには直接答えず、高らかに笑った。
「ガハハハ!フラン、おめえも良い部下を持ったな。わかったら行け!」
「はっ!」
謁見の間を退出し、館へ戻るための道々、腑に落ちぬ様子のフランシスにギルベルトは肩をすくめる。
「元々お互いの勢力の力を推し量るためにつつきあってるようなものだからな。
力のあるところを見せておかないと舐められる」
「だからといってもねぇ…お互い利益になるものでもない戦で兵や農民を疲弊させるのは気の毒よ?」
苛烈な戦場に似合わぬ気の優しい男である。
その気の優しさがフランシスの強みでもあり、弱みでもあるわけだが…
「最小限の人員で最大限の効果を上げればいい。ただそれだけの事だ」
ローマの命が出た瞬間にフル稼働していたのであろうギルベルトの脳内では、もうその絵図が出来上がっているらしい。
不敵な笑みを浮かべ
「まあ、オレ様に任せておけ!」
と自信たっぷりに請け負った。
そして当日…
「ギルちゃん…いくらなんでも兵少なくない?」
敵軍総勢五千に対し、当日ギルベルトが手配した自軍五百。
「いや、たかが小競り合いだし?」
「ギルちゃん~!先日の叔父上の話聞いてた?聞いてたよね?負けちゃやばいのよ?ねぇぇぇ?」
シレっと言うギルベルトにフランシスはがっくり肩を落とした。
その反応が面白いらしくギルベルトはクックッと喉の奥で笑う。
「平気平気。お前はとにかく、部下はみんな体力には自信あるだろ?」
「あのねぇ、体力の問題?ねえ、体力でなんとかなるの?」
なさけな~い顔で言うフランシスの前にギルベルトはサアッっと地図を広げた。
「場所はここだ、樽狭間」
左右を高い崖にはさまれた細長い道を手にした筆でトントンと示す。
「フラン達本体450はこの出口のあたりで待機」
そういってカエサル領側の端に筆で丸く印をつける。
「ギルちゃんは?」
「オレは残り50率いて上方の道から敵の後方に回り込んで、援軍呼ばれねえように最後方の橋を落としつつ、後ろから敵を叩く。
ここは道幅狭いからな。
人数いても一度に対峙できる人数は限られる。
サシの勝負で負けなければ負けはない。」
といって今度は今河領側の端にある橋にクルっと丸をつける。
「何か質問は?」
「………」
「………」
………
「ギルちゃんは上の道からどうやって下に下りるの?」
「馬で」
ギルベルトはシレっと言い放つ。
繰り返すが…周りは高い崖である。
それまで半分冗談まじりに、半分本気でなさけな~い返答を繰り返していたフランシスがさすがに押し黙ると、ギルベルトは軍議終了とばかりに、また地図をクルクルっと丸めて、後ろの部下にポン!と渡した。
「あそこを鹿が駆け下りてたの見た事あるから、馬でもいけるだろ」
「そ…そんな理由!!」
フランシスはズルっと腰掛からずり落ちた。
「おう!お前が無理と思うなら、敵もそう思うだろ。
無茶な展開をひっくり返すには、多少の無茶は必要だ。
でも安心しろ、それは大将のお前がやることじゃねえ。
俺様がやるから、お前の仕事はわかってるだろ?」
「…他に不安を与えないように、ドンと構えてること…」
「わかってりゃいいっ!」
と、晴れやかに笑ってギルベルトは馬を駆って遠のいていく。
こうしてギルベルトの姿が闇に消えると、フランシスはスクッと立ち上がって、特有のよく通る声で号令を下した。
「総員、配置につけ!」
そして自らも主君ローマから拝領した槍を振り上げる。
さきほどまでの情けない表情は微塵もない。
綺麗なブルーの目でまだ敵の見えぬ道の先を見据えた。
ギルベルトが橋を落とせなければ、援軍が来たら、とはすでに考えない。
自分が信用して任せたからには、たとえ何があろうと、信頼してその指示に従う。
それがこの男の下に多くの強者が集まる一つの大きな要因である。
フランシスは部下を信用する。
そして周りの部下はそのフランシスを信用して命をかける。
それがこの集団を日の国最大勢力のカエサル軍の中でも最強クラスの軍団としてると言っても過言ではない。
前方の闇の中に砂煙が沸きあがるのを見取って、
「総員、かかれぇー!」
と自ら槍を振り上げ突進していった。
ギルベルトが言う通り道幅の狭さが敵の大軍の利点をことごとく削いでいた。
数が多いゆえ長く伸びすぎた軍は指揮系統も統一されにくく、一度に戦える人数もこちらと大差ないがゆえ、指揮が浸透しているカリエド軍の敵ではない。
フランシスの軍は、元々過酷な環境からのし上がってきた男たちだ。
一対一で戦うならば一人十殺するくらいの体力は持ち合わせている。
敵国から援軍が投入されなければ、勝てる戦だ。
フランシスを囲んで敵を切り倒し切り倒し、返り血で赤黒く染まりながら、ボヌフォワ軍は敵軍の中枢に切り進んで行く。
そして…やがて敵陣の中に
「よお、言った通り大丈夫だっただろ?」
と同じく返り血で染まりつつ、それでもにやりと笑って言う副将の姿を見出して
「できれば次はもう少し余裕のある戦いにして欲しいんだけど…」
と、フランシスは槍を振るう手は休めずに、深く深くため息を付いた。
俺たちに明日は…ある?目次
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