わずか十分の1の手勢で敵軍を蹴散らすなんざ真に天晴れ!」
快勝した数日後、フランシスは上機嫌のローマに呼び出された。
そしてローマ自らフランシスとギルベルトに戦勝祝いの杯をそそぐ。
「派手に、圧倒的な力の差を見せ付けて、だったな。見事なもんだ」
命を受けた日のギルベルトの言葉をそのままに、隣に畏まるギルベルトにも目を向けた。
上機嫌なローマの言葉にフランシスは
「ありがとうございます!」
と平伏し、ギルベルトは無表情に頭を下げた。
「俺らは力は抜群に強い。
でも国を制しようと思えば、力押しだけでは限界がくる。
てわけで、俺もなぁ、この京の都に残って人脈づくりに勤しんでるってわけなんだけどな、フラン、お前だって戦功を挙げ、身分が上がれば、戦場の作法だけ知っていればすむというわけにも
行かなくなんのはわかるよな?
貴族どもの遊びにつきあってやったり、あちこちに根回しをして饗応の支度をしたり、そういう必要もでてくるはずだ」
「確かに。都は一見お断り的な物も多いし、なにより排他的で地元以外の人間を軽んじる傾向はあるように思いますね」
「だろ?でも町人ならとにかくとして、貴族相手だと人脈を作ろうにも、そもそも会ってももらえねえだろ?」
「ますますもってその通りですね」
「ま、そういうことだ」
フランシスの言葉にローマは満足げにうなづいた。
フランシスの隣ではギルベルトが何故か嫌そうな顔をしている。
「だからな、お前ら二人にそれぞれ一名ずつ、都の貴族の中でもそこそこ身分のある配下を与えようと思う。
いわゆる秘書ってやつだ」
続くローマの言葉に、ギルベルトがため息をつきつつ小声で
「いわゆる目立ちすぎたネコの首に監視の鈴、というやつだな」
とつぶやいた。
それを聞いたフランシスは慌ててフォローをいれる。
「ギルちゃん!それはちょっと無礼でしょっ!ほら!お詫びしてっ!」
焦って言うフランシスだったが、ローマは意外な事に上機嫌の体を崩さず、笑顔で言う。
「ギルベルト、そう言うなよ。
俺が手塩に育てたガキのフランに二心ありとはさすがの俺でも思わねえぞ。
んでもって…お前はフランが俺に従ってるうちは俺に刃を向けねえのもわかってる。
別にお前らの監視じゃねえ。今回の措置は純粋に述べた通りの理由でだ」
ローマがとりあえず機嫌を崩さなかったのにほっとしつつもフランシスは
「ありがたきお気遣い、心より感謝申し上げます。…って、ほら、ギルちゃん!お前も礼を言いなさいよ!」
と隣のギルベルトをうながす。
うながされてギルベルトも仕方なさそうに渋々
「ありがたきお気遣い感謝いたす」
と軽く頭をさげ、杯を口に運ぶ。
「うむうむ。」
上機嫌でうなづくローマ。
そしてさらに上機嫌で続けた。
「俺の懐刀だからなっ。
おまけに二人ともめっちゃ可愛くて俺のお気に入りだっ。大サービスだぞっ。大事にしろよっ」
機嫌よく穏やかでありながら最後は有無を言わせない強い口調で締めくくるローマに、さすがのギルベルトも押し黙るしかなかった。
そしてそれ以上その話に対する論議は無用とばかり、ローマは部下を向かわせる日程などを軽く申し渡した後は、今回の戦の話に話題を戻した。
フランシスは単純に育ての親であるローマの気遣いに喜んでいるが、ギルベルトにしてみればローマに他意があろうとなかろうと不安要素しかない…
その後帰りつくまで終始無言で考え込んでいた。
並んで馬を歩かせながら、ちらりと隣に視線をやると、
「なあに?ギルちゃん」
と、実にごきげんな様子のフランシスが笑顔を向けてくる。
そして
「大丈夫。何かあってもお兄さんがちゃんと責任取るからね」
と、続く言葉に、なるほど、ギルベルトの危惧も不安も全て気づいた上で、今回の処遇を受け入れていたのかと、改めて感心する。
本当に、外部の人間が言うほど、フランシスはヘタレでもバカでもないのだ。
ちゃんと危機感は持っている。
その上で親代わりのローマの厚意も配下の気持ちも理解して、最終的に全て自分が責任をかぶる覚悟でそれを受け入れる度量があるのだ。
改めてそれを実感する。
…が、ギルベルト的にはフランシスがそんな責任を取ってどうこうせざるを得なくなる事態は絶対に避けたい。
そのためには考えなければいけないことが山ほどあった。
こうしてそのままローマの城に近い、フランシスの武家屋敷の門をくぐると
「おかえりなさい!」
と庭を掃いていた軍団の若い者が声をかけてくる。
「おお~、帰ったよ~。殿から褒美を賜ったよ」
無言で難しい顔のギルベルトとは対照的にフランシスの顔は晴れやかだ。
新しい配下の他にも荷車いっぱいに積まれた金銀反物などが与えられた。
それらは次の戦の支度金や非常時の貯蓄以外は兵に気前よく配る。
苦労を共にした部下にも多くの報酬を配ってやれる。
それがフランシスには嬉しい。
戦の取り分はみんな平等に公平にわける。それがボヌフォア軍の方針だ。
もちろん給金はそれとは別にローマから支給されてるので、全てが一緒とはいかないが、基本、フランシス的には通常は上も下も作らない。
各々仕事の差はあっても時間があえば普通に部下と同じ釜の飯を食べる。
…というか、本人が料理が好きなので、しばしば自ら台所に立って美味しい手料理をふるまったりすらする。
そのおおらかさが今となっては問題だ。
宮中作法に通じる部下。
それなりの人脈のある身分の高い人間ということは、とうぜん気位も高いだろう。
嫌でも予定では来週には来るらしい。これをどう扱うべきか。
フランシスの事を別にしてもギルベルトにとっては頭の痛い問題だった。
部屋はどうする。
風呂はどうする。
洗濯物を干すのは…
なによりそんなお高い人間がこのほとんどが土農あがりの礼儀作法などほぼ知らないような他の連中とやっていけるんだろうか。
決裂してローマに色々吹き込まれた日には…
楽天家な大将とは対照的に悲観的な副将の深いため息が、戦勝と大殿からの多額の褒美にお祭り状態の楽天家集団の喧騒の中に埋もれていくのであった。
俺たちに明日は…ある?目次
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