俺たちに明日は…ある?──ザ・秘書その1登場


いよいよ当日。

どんよりとした副将の胸のうちとは対照的に、そして大将の晴れ晴れした気分を反映するように、すばらしい晴天だ。

部屋は離れに早急に二人分用意した。

風呂、炊事場など最低限の生活に必要なものもそれぞれに。
下人が必要かもしれないが、それは本人の嗜好で選ばせた方がいいだろう。



「皆、無礼がないようにね。大殿がわざわざ遣わして下さった家臣だからね。
仲良くするようにね」

朝早くから張り切って歓迎用の菓子を焼いたりして、妙に浮かれているフランシスの言葉に

(無礼がないように仲良くって、こいつらにできるのか)
とギルベルトは眉間のしわを深くした。

武家の作法という形ならギルベルトだって嫌いではないし示せなくはない。
でも、貴族の作法となると、正直面倒だと思う。

なにしろ貴族と武家はある意味対極と言っていい。
あちらの常識はこちらの非常識。逆もしかり。

そんな中でどちらを優先するかと言えば、こちらの習慣を優先してもらわねば仕事的に立ち行かなくなる気がするのだが、身分が高いということなら、気位も高いのであろう相手がそれを納得してくれるかどうか

身分の高い武家に対する作法であれば配下にきっちりと厳しく仕込む事は吝かではないが、そもそも貴族の作法など、ギルベルト自身だって正確なところは把握していない。

ローマの城から戻る道々にも思ったことだが、それで相手から無礼者と認識されて決別してローマに不平不満を訴えられたらと思うと、とにかく気が重い。緊張する。


それでも相手は来てしまうのだし、逃げるわけにもいかない。

「そろそろ刻限だな」
ちらりと柱時計に目をやってギルベルトがつぶやく。

「そうだね、それらしき輿か牛車はまだ見えないけど…」
門の前の通りをチラチラ落ち着きなく見ながらフランシスが言ったその時である。

遠くから馬のいななきとともに蹄の音が近づいてきた。
ギルベルトが門からちらっとのぞくと、すごい勢いで疾走してくる馬が一頭。



馬上には涼やかな姿かたちの少年が見える。

どこかまだ幼な気な少年が、フランシスのものよりは落ち着いた色合いの黄金色の髪をたなびかせ、思ったよりもずいぶんと細く華奢な体で、それでも見事に馬を駆っている。

そんな様子はなんとなく以前絵物語で見た牛若丸を思わせた。
そう、幼な気ではあっても、勝ち気さと強さを感じさせる、そんな少年だ。

馬は門でハタっと止まり、少年が馬から飛び降りた。

「アーサーだ」
若者は短く名乗ると当たり前に馬の手綱をフランシスに渡す。

そして唖然としている面々をよそに、ギルベルトの前にずいっと立ち、頭一つほど高いギルベルトを見上げた。

目尻がややあがった大きな丸いグリーンの目。
頬もまだふっくらとバラ色で、全体的に幼い印象を受けるが、幼な気ながらも、どこか野良の子猫のような豪胆さを感じさせる。

口元もキリリとしていて、全体的に線は細く涼やかながらも、その凛としたたたずまいゆえ貴族というよりは育ちの良い武家の若武者といった感じを受けた。


「貴公がフランシス・ボヌフォワか。今日より世話になる」

少年、というにはやや低く、大人の男としてはやや高い、よく通る凛とした声でそう言ったところで、ようやくフランシスが我に返った。


「あのね~。坊ちゃんだれ?
失礼でしょ。オレ!オレがフランシスなんだけど?!
世話になる相手にいきなり馬の世話させる?
ていうか、坊ちゃんホントなんなのよ?
お兄さん、今日は大殿から新しい家臣を遣わして頂くんで、忙しい…」

フランシスは言うが、いきなりみぞおちに鉄拳をぶち込まれてうずくまった。

「ホントにこいつがそうなのか?」
コクリと小首をかしげる様子は可愛らしいモノの、やっている行動がえぐい。


驚きながらも、ギルベルトの脳裏に

『俺の懐刀だからなっ!』
というローマの言葉が蘇った。

なるほど、この容赦ない性格と驚くべき反射神経は、確かにあのローマの懐刀と言われても頷ける。


そんな風に納得していると、少年は

「アーサー・カークランドだ」
と、床に沈んでいるフランシスには相変わらず目もくれず、ギルベルトに視線を向けて言った。

「は?」
ポカンとする一同。


「君初対面の人間にさりげなく失礼な事言ってない?
お兄さんだって怒るよ?ねえ?
お兄さんが待ってるのは大殿から遣わされる配下なの!
生意気なクソガキじゃないの!うぐっ!」

フランシスが復帰して食い下がると、また裏拳が飛んで沈められた。

そうして完全に沈めておいて、あらためてギルベルトを見上げてくる少年。

「だから俺がその家臣、アーサー・カークランドだ」
若者はやっぱりフランシスには目もくれず、ひたすらに視線をギルベルトに向けて言う。

あまりの手の早さに止める間もなかった事に驚きながらも、ギルベルトはこの武家集団に放り込む貴族の人材としてローマがこの少年を選んだことに、なるほど、と納得した。

偉そうな物言いは、たぶん宮中なんちゃらで培われたものなのであろう。それをのぞけば…

(まあ、合格か)
とギルベルトは心の中でつぶやく。


「お前がどう思おうと、とりあえずお前の上司だ。いきなりみぞおちはやめておけ」
そういうと殴られた拍子にアントーニョが取り落とした手綱を取って、近場の者の渡す。

「そうだったな、すまなかった。道化のような男にいきなりまくしたてられたのでつい」
少年はまたきっぱり失礼極まりない発言を繰り返す。

ローマがそれぞれに配下を遣わすと言っていたが、この少年は最初にフランシスの名前を出したということは、フランシスにと配属された配下なのだろう。

まあ配下というわりに、フランシスに仕える気があまりなさそうな気はするのだが

フランシス・ボヌフォワ、彼の受難は今まさに始まろうとしていた。




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