「いくらレディのお願いといえど、嫌ですよ。勘弁してください。
どうしてもなら、課長補佐にお願いしてください。
課長補佐だって綺麗な顔立ちはしていらっしゃるでしょう?」
「え?俺様ぁ~?!!」
「だって約束違いますっ!
なんとかしてもらえないなら…り……」
「ちょっと待ったっ!!なんとかするから離婚だけはっ!!」
こんな開発部のフロアでちょっとした名物になりつつあるやりとりを遠目に見つつ、茂部太郎はエリザの手腕にひたすら感心する。
アーサーに迫っているのはギルベルトのファンも含む女性社員達。
要求は女装。
そう、例の”バイルシュミット課長補佐の嫁”の写真が女装したアーサーだということは、すでに社内では広まっていた。
ついでに入籍したのはアーサーだということも……
なのにアーサー本人やギルベルトが危惧したようにアーサーに対する攻撃が一切来ないのは、ひとえにエリザの根回しによるものだ。
いわく
「ギルがね、断りにくい筋からの縁談に困って、アーサー君に土下座したらしいのよ。
縁談避けに入籍してほしいって。
で、これが嫁って見せられるように女装して写真を撮らせてくれって。
もちろんアーサー君に好きな相手でもできたら即離婚して相手の入籍した理由も説明するし、生活の面倒は一生見るからってね。
それ聞いた時にね、あたし、あんたが家事してくれるなら入籍くらいしてやっても良かったのにって言ったら、本当に好きになれる女じゃない限り、形だけでも結婚はもちろん、恋愛もしない主義だから却下って言われてね。
まあ、それ以前に地球上に自分以外の人間がお前しかいなくなっても、お前だけはありえねえとか言うから、フライパンでどついておいたんだけど」
そんな話をさりげなく多少付き合いはある程度のおしゃべりな女子社員に流したら、あっという間に会社中に広まったというわけである。
ギルはそういうわけでアーサーには頭が上がらない。
かかあ天下なのだとエリザが言えば、多少ギルが過剰にアーサーに尽くしていようと、アーサーが多少それに甘えていようと、周りはなるほど、と、納得したし、女性ファン達にしても、この関係がギルベルトに本気の相手ができるまでの保険で虫除けだと思えば、むしろ歓迎しているようだ。
下手にフリーでいて変な女に引っかかれるより良いということらしい。
さらにエリザは
「まあ、アーサー君可愛いしね。
彼女とかできて捨てられたら、うちの茂部太郎貸してあげるわよって言っといたんだけど…」
などと茂部太郎の名前を出してくれたおかげで、便宜上という信憑性が増したのと同時に、アーサーだけに注目が行くこともなくなった。
まあ…茂部太郎はだんだん“モブ生活”を満喫しにくくなってきてはいるが、恩人のためと思えば仕方ない。
たとえバイルシュミット課長補佐のファンの女性陣に
「あなたが茂部太郎?
………ふ~~ん?」
と、ジロリと上から下までチェックされた挙げ句に
「ま、ギルベルトさんの隣に立つなら、モブ坊やより、アーサー君の方が絶対に良いわね。
さすがにあなたの女装写真とかは見たくないわ」
などと暴言を吐かれたとしてもだ。
あとはまあ…これでアーサーの安全に必須な存在になったので、バイルシュミット課長補佐に粉砕される危険性が激減したのは、茂部太郎にとって何よりのメリットだとも言える。
「ギルベルトさ~ん!今日良ければ飲みに……」
「わりっ!ほら、俺様新婚だし?ちゃんと美味い晩飯作って嫁さんの胃袋掴んどかないと離婚されると人生終わるからっ!」
女性陣の誘いをアーサーを理由に断っても、納得してくれるし、
「嫁さん大事にしろよ~」
と、周りも面白がって笑いながらノッテくれる。
更に言うなら…男性化粧品のヒットを機に一般女性向けの化粧品にも手を出し始めたローズコーポレーションの依頼で、男性化粧品の第二弾と同時に男装したエリザと女装したアーサーのペアでのポスター撮りと販売依託を請け負うことになって、仕事的にも成果をあげているあたりが、本当に本当に、自分の上司はすごい人だと茂部太郎は思った。
全ては解決、ハッピーエンド。
そう…たとえ顔を合わせるたびバイルシュミット課長補佐に
──…お前なぁ…エリザよりはフライパン出てこないだけマシかもしれねえけど、そういう意味ではやっぱりないわぁ…
と、マジマジと顔を見られて心底嫌そうに貶されるとしても、恩人の悩みが解決すると同時に自分自身の命の危険性がなくなった時点で、茂部太郎的にはハッピーエンドなのである。
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