とある白姫の誕生秘話──Mの悲劇再び4

「たびたび迷惑かけてごめん……」

待ち合わせの場所に行くと、両手にボストンを持ったアーサーが佇んでいる。

「いや、全然大丈夫だよ。
今の俺があるのは君のおかげだし、本当に気にしないで」

と言ったのは保身のためじゃない。
本心だ。


だってあの面接の日、アーサーが手を差し伸べてくれなければ、自分は絶対に面接で落ちていた。
だから茂部太郎はいつだってその時の恩を忘れた事はない。

怖い怖い課長補佐の事がなければ、1週間でも一カ月でも、なんならずっといてくれても構わないくらいだ。

ただ何度も繰り返すが課長補佐は怖い。
あの人、怒らせるとまじやばいよ…と思う。


茂部太郎は一般ピープルの生活が身に沁みつきすぎて、学生時代から住んでいるボロアパートにそのまま住みつつ、普段は徒歩30分くらいの距離を歩くのだが、社会人になってからは給与も良いので、今日は荷物も多い事だしと、迷うことなくタクシーを捕まえた。
とはいっても、まあ自腹ではないのだが…

車が見慣れた自分のボロアパートにつくと、まずアーサーを先に降ろして自分が精算して領収書をもらう。
この手の事にかかる経費は、あとでエリザに請求するように言われている。
エリザがそれを見て会社に請求できる物は会社に、出来そうにない物は自腹を切るらしい。

それで良いのか?と思って聞いてみると

「上司から言われて動いている案件に関しては、絶対に自腹切っちゃだめよ?
どんな些細なモノでも請求しなさい。
もしそれが会社の経費で落とせないようなものだったとしても自腹切るのは指示した人間。
あたしは命じたからにはあんたの行動を金銭も含めて責任取るのが仕事なんだからね」
と、なかなか男前な言葉が返って来た。

社内ではバイルシュミット課長補佐が面倒見の良い素晴らしい上司とよく言われているが、茂部太郎からすると、エリザだってすごく良い上司だと思う。

まあ…しばしば脱線したり無茶な事を命じてきたりはするが……


自宅にあげると飲み物を出し、とりあえず落ち着いてもらう。

アーサーはまず

「たびたび迷惑かけて本当のごめん…」
と、待ち合わせた時と同じ言葉をもう一度言って頭を下げるので、茂部太郎もまず待ち合わせの時と同様に、今の自分があるのはアーサーのおかげだから全然問題はないのだと、繰り返す。

その上で聞いてみた。


「たぶん…このままだと前回みたいに課長補佐が迎えに来ちゃうと思うから、聞いていいかい?
俺はさ、部署も違うし見た通りなんていうか…思い切り周りに埋もれるような存在感のない人間で、みんな俺を気にしないし、俺が何か知ってるとか思わないんだ。
そこをね、エリザさんに買われて秘書役に抜擢されたんだけど…。

あの人はスタンドプレーが多い人で、半プライベートな人脈とかがすごく仕事に結びついてるんだけど、私的な部分が多々あるから、実績がある程度出るまではプライベートな人脈って言えないとか色々あるんだ。
だからお供も口が堅くないとダメだし、突っ込まれやすいような人間もダメって事で…俺だと『俺なんにも聞かせてもらってないんです』って言うと、納得されちゃうのが良いらしい。

だから自分で言うのもなんだけどさ、秘密の保管相手としては俺ほど最適な人間はいないと思うんだ。

カークランド君、前回もそうだけど、課長補佐と色々ありそうだしさ、もし良かったら話してみない?

俺は本当に君には恩を感じているから、君が嫌なら絶対に他言はしないし、もし何かこうしたいという方向性の事があるなら、俺が無理でもエリザさんに相談すればなんとかしてくれる。
エリザさんはバイルシュミット課長補佐と幼馴染だから、彼を動かすこともできると思うよ?

話すだけでも吐き出してしまえば楽になる事ってあるしさ…どうかな?」


ここまで言い切れるのは、エリザの後ろ盾があるからというのはあるが、心情的な部分は本心である。

「あの面接の日…俺、恥ずかしいし、悲しいし、不安と絶望と…色々グルグル回ってて、本当に消えてしまいたいくらいの気分だったんだ。
そんな時、声をかけて手を差し伸べてくれた君が天使に見えた。
だから俺は君が何か困っているなら力になりたい」


さらにそう付け足すと、アーサーは少し迷うように視線をさまよわせた。
何かとても言いにくい事なのだろう。
無理にききだすのも…と、茂部太郎が我慢強く待っていると、やがて小さくため息をついて、

「聞いてて気持ち良いものじゃないと思うけど……」
と前置きをして、茂部太郎に視線を向けた。



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