とある白姫の誕生秘話──Mの悲劇再び2

茂部太郎は目先の恐怖に負けた。
そして、茂部太郎がコクコクと首を縦に振ると、上司は満足げに頷いて、ベルと商談に入っていった。

ベルの側で企画書のたたき台はすでにできていたらしく、それを元に色々を話し合っていく2人。

新人の茂部太郎は話に入ることも出来ずボ~っとしていたが、白熱する話し合いは随分と続いて、途中で少し早い時間ではあるが当たり前に運ばれてくるランチ。
もちろん茂部太郎の分もだ。
そこでこれが午前中だけではなく終日の話し合いになる事を知る。

いつもはディナーなので、今日はランチと言う事で少し軽めではあるが、相変わらず美味しい。
これだけは役得だといつも思う。

添えられたワインに、一瞬、車であることを思いだしてちらりとエリザに視線を向けると、非常に気配に敏感な彼女は

「ああ、大丈夫。今日は帰るの夕方から夜になるから、それまでにはさめるわよ。
飲んでいいわよ」
と、言われて遠慮なく頂いた。

なるほど。直帰コースだったのか…と、その言葉で察して、荷物を会社に置いてきたのを少しだけ後悔したのは秘密だ。


それからしばらくは平和だった。
何かメモでも取るかきいたのだが、まだそこまでの段階ではないから自分で取るとエリザに言われたので、やることもなく若干手持無沙汰だったくらいである。

夕方までやることもないので、白熱している打ち合わせを横目にスマホで電子版の小説を読み、時折り進展がありそうな感じを受けた部分だけ、それでもスマホでメモを取った。

そうしてどうやら一通り話し合いが終わったのが午後17時過ぎ。

エリザは直帰するし茂部太郎も直帰して良いと言うが、茂部太郎は直帰のつもりではなく荷物を会社に置いたままなので、エリザとベルをそれぞれ送ったあとに、会社へと戻った。

そして…衝撃の事実を知る。

バイルシュミット課長補佐が結婚していた!!!



エリザは茂部太郎と同様、朝から出ていたので、おそらくこのことを知らないだろう。
茂部太郎は今日のベルとエリザの話し合いを思いだして、これは要報告案件だろうと、エリザに連絡を入れることにした。

微妙に…バイルシュミット課長補佐と関わるのは避けたいところなのだが、しかたがない。


大号泣の女性社員達と大騒ぎの男性社員達。
どちらも興奮冷めやらない感じだが、とりあえずまだ冷静な情報を得られそうな男性社員達の方に話を聞く。

どうやら休み明けの今日、バイルシュミット課長補佐が右手の薬指に指輪をしてきたらしい。
そこから本人に凸した面々。
すると、課長補佐の口からバカンスの間に入籍したという言葉が出たとのことだ。

さらに聞いた話によると、スマホにはバカンスを一緒に過ごした時に撮ったらしい奥さんの写真が多数。
見た人間によると、儚げな雰囲気の、この世のものとは思えないほど愛らしい女性だったということで、どうやらデマではないらしい。

本当は情報を確実にするのに本人に話を聞きたいところなのだが、バイルシュミット課長補佐は怖い。
なので同居人であるアーサーなら知っているだろうとその姿を探したわけなのだが、あいにくすでに帰社していた。

となると、情報収集はこれが限界だろう。

そう言えば上司のエリザはバイルシュミット課長補佐の幼馴染らしいので、これ以上の事は本人に直接きいてもらおう。

そう思って、茂部太郎はエリザにメールを入れた。


返事はすぐに来た…というか、即携帯が鳴った。

──どういうこと?!
と、普通なら言われそうなところだが、

『茂部太郎、あんたはアーサー君に電話で確認を取りなさい。
あたしはギルに電話するからっ!!』
と、だけ言って切れる。

茂部太郎が持っている情報はすでに送った事、それ以上茂部太郎に聞いても何も出てこないであろうことを即理解して、指示をして余分な事を言わずに切る。
そんなところはさすがにエリザだ…と、感心した。

まあ感心している場合ではない。

新人の部下としては、当然上司の指示は速やかに実行しなければならない。

…というわけでアーサーに電話をかけたのが、茂部太郎の不幸の始まりであった。



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