と、今日もいつものように当たり前に呼び付けられる。
入社して数カ月後、バカンスの期間が終わると日常が戻ってきた。
リア充…と言うほど華やかでもない家族だが、それなりにパートナーがいる。
だから自分が帰っても誰もいないし、それなら交通費ももったいないしと、帰省もしない。
そうなるといつもより空いた時間は、ダラダラと過ごすために過ぎていく。
朝は思い切り寝坊して、基本コンビニ弁当、たまに自炊。
漫画を読んでネットを見て、借りて来たDVDや、撮りためていたドラマだって見てしまう。
華やかさの欠片もないだらけた長期休暇だが、何もしないというのもまた贅沢なもんだと、自堕落な生活を満喫する。
そしてたいして何をしたとも言えないままバカンスが終わって出社すると、いつものようにせわしない様子で自分の名を呼ぶ上司の要求に応えるべく、
「はい。今日はどこにお供します?」
と、茂部太郎はデスクに鞄を置くのも惜しんで、即出かけられるように預けられている社用車の鍵を取り出した。
その日はどうやら今回のコラボの相手、茂部太郎が最初に“薔薇を愛でる会”に随行した時からずっと同会に出席している、ローズコーポレーションの会長の親族のお嬢さん、ベルとの会合らしかった。
いつものレストランのいつもの個室。
違うのはいつもと違い3人きりなので、部屋がやけに広く感じること。
それでもここを使うのは、エリザいわく
──みんな慣れてるから来やすいし融通も効くし、なにより予約が取りやすいから
ということだ。
エリザだけではなく、薔薇を愛でる会のメンバーはいつも会以外にも何かあるとこの部屋を使用するため、自身も愛でる会のメンバーの一人であるオーナーは、ここは他の客には解放せずにキープしているとのことである。
まあそんな事情はおいておいて、エリザとベルは互いに持参したノートPCやタブレットを開いて、宣伝効果や世間の評判、売り上げなどの情報を交換しつつ話し合っている。
そんな中で出てくる会話。
「ギルベルトさんとアーサー君、めっちゃ評判やで~。
ポスターのもう一人がフェリちゃんやから、ロズプリ俳優でもないのに、うちんとこの裏交流掲示板、別名『腐女子と貴腐人の園』で、すごい話題になってはるわ。
みなさん各方面にすごい影響力ある方々やから、商品も勝手にあちこちに宣伝してくれはるし、第二弾だしてもええかなってうちんとこではちょおそんな話にもなっとるんや」
「第二弾っ!?
モデルは一緒で?」
「そそ。次回は、綺麗&可愛いで中性的な感じのもんと、可愛い&カッコいいで対比を強調した感じのもんの2パターンを作ったったらええんやないかって、企画の子ぉと話しとる最中なんやけど…
フェリちゃんはロズプリの家の子ぉやから私生活はある程度カットできるんやけど、ギルベルトさんとアーサー君も売りだしてくれそうなあたりの好み考えて、少し私生活気をつけてくれはると、うちとしても次作るんやったらありがたいんやけど…
当分この企画をシリーズ化して売っていきたい気ぃするんで…」
「変な女とか作るなって感じのことね?」
「そそ。素人さんやし、プライベート管理しろとは言わへんけど、あんまり大げさにして欲しないなぁと」
「わかったわ。気をつけとく。
まあ奴はアーサー君べったりで、言いよってくる女とかも蹴散らしてるから大丈夫だとは思うけど…アーサー君はわからないしね。
そのあたりの監視役は……」
蛇に睨まれた蛙…
にこりと微笑む権力者の女性2人を前に、茂部太郎は蒼褪めた。
──茂部太郎、やってくれるわよね?
そして宣告。
美人だが…いや、美人だからこそ迫力のある上司。
今ここで首を横に振ったら、自分は生きてこの部屋から出られないんじゃないだろうか…
そんな風に思えてしまうくらいには、圧がすごい。
だが…だけど……でも……茂部太郎はしっかり覚えている。
──ああ、そうだ。仏の顔は三度までとか言う言葉があるらしいが…俺様なら二度だな。二度やられたらたぶん粉々に粉砕する気がする…
アーサーの家出を手伝った時の課長補佐のあの言葉は、紛れもなく本気の警告だった。
次アーサー関係で何かをやらかせば、自分は消される。
前門の狼、後門の虎。
ああ、茂部太郎の運命やいかに……
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