今更ながらそれに気づいたのは、ギルベルトが出発してまず立ち寄ったのが、少し離れたマーケットだったことだ。
「何故マーケットに?」
と、首をかしげるアーサー。
向こうで自炊をするとしても、食材は向こうで買わないと悪くなるだろう。
そう思っていると、ギルベルトは当たり前にアーサーを車から降ろして、
「ん~とりあえず6時間ほど車走らせるし?
その間つまむものとか欲しいだろ?
後部座席にクーラーボックスも積んであるし、冷たい物でも大丈夫だぞ」
と、当然のように買い物かごを片手に、──俺様は眠気覚ましに飴やグミだな──と、ぽんぽんとブラックなんちゃらといった目覚まし系のものその中に放り込んでいく。
「飲み物に関してはタンブラーに氷だけ入れてあるから、その都度継ぎたせるようにパックじゃなくてペットボトルにしような。
あとは…高速が渋滞して飯時に店に辿りつかなかった時用に、日持ちはするけど若干腹もちの良い系の菓子とかも買っておこう」
と、慣れた様子のギルベルトにうながされ、アーサーはなんだか遠足前の子どものようにワクワクしながら菓子を選んで行った。
そうか…車で家族旅行ってこんな感じなのか……と、思わず呟くと、ぴたっと一瞬静止するギルベルト。
綺麗な切れ長の紅い目がアーサーに向けられる。
それをアーサーが見つめ返すと、大きな手が伸びてきて、いつものようにくしゃりと頭を撫でると
「まあこれから毎年のイベントになるとは思うけど、楽しもうな。
アルトの子どもの頃に行けなかった分も合わせて、これからはあちこち連れまわすからな」
と、ギルベルトは優しく笑って言った。
こうしてお菓子をいっぱい買って、飲み物も買い、とりあえずタンブラーに入れた分以外はクーラーボックスへ。
別に子どもじゃないのだから、お菓子をたくさん買うくらいはできるのだが、旅行のためにたくさんお菓子を買うというのは、なんとなく心が浮かれる。
「じゃ、出発するか~」
と、ギルベルトが車のエンジンをかけてスーパーの駐車場を出るのをいまかいまかと待って、アーサーは菓子の袋を開けた。
なんのことはない、普通に売っているスナック菓子。
なのにそれは、旅行に行く車の中で口にすると、いつもより数倍美味しく感じる気がする。
それに穏やかな表情で少し目を細めて、
「俺様には飴を一つ口に放り込んでくれ」
と、ア~ンと言うように開けたギルベルトの口に、キャンディの包みから鮮やかなグリーンの丸い塊を一つ取り出して放り込むと、ギルベルトが
「なあんかな、旅行行く道々で食うものって、日常で普通に食ってるもんでも美味く感じねえ?」
と、まさにアーサーが思っていたことと同じことを言うものだから、なんだか嬉しくなってしまって、笑顔を浮かべながら大きく頷いた。
本当に…さすが、社内屈指のデキる男として有名なギルベルト・バイルシュミット課長補佐だ…と、アーサーは感心する。
だって、まだ街すら出ていないのに、アーサーはたぶん今までの人生の中で一番楽しい気分になっている。
バカンスついでに女性避けに使う写真を撮るために女装…と、出発前は少し不安だったのだが、ギルベルトが選んだ服を着てギルベルトにエスコートされるバカンスはきっと楽しいだろう。
そんな風にひどく浮かれた気分でパリリっとスナック菓子をかみ砕くと、アーサーは流れていく景色を楽しみ始めた。
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