とある白姫の誕生秘話──吐露11

可愛い可愛いアーサーが他の男と密室にいる…
しかも相手は以前アーサーを菓子なんかで釣ろうとしやがった男だ。

エリザから住所を聞くと、ギルベルトは捕まって時間を取られたりしないよう理性を総動員して安全運転を心掛けながら、その場所へと急いだ。


辿りついたのは古びた2階建てのアパート。
2階への階段は建物の端についていて、ギルベルトはエリザを車に残すとその階段を駆け上がった。

【茂部】という表札のあるドアの前。
ギルベルトは深呼吸をして息を整える。

冷静に、冷静に…

一応、大人しくドアを開けてアーサーを引き渡したら見逃してやるとエリザと約束をしたので、顔を見るなりいきなり殴りつけたり怒鳴りつけたりしてはいけない。

それをやると今後エリザの協力を得られなくなる可能性がある。


普段ならそんな事くらいは簡単どころか、にこやかに相手に対する好意を演じられる程度には鉄壁の理性は、どうもアーサーとお姫さんに関係する事においては全く働いてくれない。

だから自分を落ちつかせるために念のためもう2度ほど深呼吸。

夜の空気が肺いっぱいに満たされ、少し頭が冷えてきたと思われたところで、呼び鈴を押した。



そうしてドア前で待っていると、

「…はい……」
と、どうやらドアの向こうに人の気配。


奴だ…と思ったとたん、頭に血がのぼりかけるのを必死で抑え、

「夜分に悪い。ギルベルト・バイルシュミットだ。
アルトから聞いているとは思うが、一緒に住んでいるのだが、いきなり出て行かれて事情もわからずにいるから本人に話を聞きたい。
だから開けてもらえるとありがたい」

と、なけなしの理性で静かに言った。


「…いま、開けます」
と、その声音が功を奏したのだろうか…

チェーンと鍵を外す音がして、開くドア。
それが完全に開ききらないうちに、反射的に手が出た。

ガシっとドアを掴むと、茂部太郎は驚いて怯えたようにドアを閉めかけるが、握力と腕力の差は歴然としていて、ドアは完全に開け放たれる。


…危害は加えない…本人には手を出さない…だよな?

と、ギルベルトは心の中でエリザに語りかけた。

そして、茂部太郎に笑顔で言葉をかける。

「車の中にエリザが待ってるから、あとで車代を払うから大通りに出てタクシー拾って帰ってくれと伝えて欲しい」

と、その言葉は茂部太郎には予想外だったらしい。
ぽかんと口を開けて呆ける彼に、ギルベルトはさらに付け足した。

フライパン片手に刃物を持った強盗を殴り倒して警察に突き出したり、素手で痴漢を投げ飛ばして捕まえたような男女でも、一応、性別は女だ。
もちろん、夜に1人で歩かせて良いわけはないと言うのはわかるな?
自宅の前まではきちんと送っていけよ?
お前の帰りの車代もあとでちゃんと払うから」

穏やかな声音でにこやかに…と、心がけたにも関わらず、目の前の新人が怯えたようにプルプルと震えているのは何故だろう…と、ギルベルトは感情を抑え過ぎて、もはやディスプレイの向こうの景色でも見ているような感覚で、そう思う。

「わ、わかりましたっ!すぐにっ!!」
と、彼もまたスーツのままなのに、慌てておそらく私服の時に履いているのだろう。
古びたスニーカーを履いて、ドアを出ようとしてギルベルトの横を通り過ぎた…その時…

──ああ、そうだ。仏の顔は三度までとか言う言葉があるらしいが…俺様なら二度だな。二度やられたらたぶん粉々に粉砕する気がする…

すぐそばを通り過ぎる茂部太郎だけに聞こえるレベルの極々小声ではあるが、つい漏れだした世間話に、相手は、ひぃぃっ!!と、悲鳴をあげた挙句、逃げるように足を踏み出した階段から足を踏み外して、思い切り尻もちをついていたようだが、それは俺様のせいではないな、手は出してないし?下まで落ちてもいないから、せいぜい尻に青あざくらいだよな…などと思いながら、ギルベルトは茂部太郎の家に入ってドアを閉めた。



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