可愛い可愛い愛息子は、実母は鬼籍に入っていて父親はその後再婚。
息子が社会人になるまでは生活における金銭的な援助はしていたらしいが、社会人になった時点でほぼ縁が切れたような状態で、実家と言えるようなものがないというのは以前聞いていた。
だから里帰りとかの予定も当然ないだろうし、一緒に暮らし始めて初めての長期休暇。
楽しく旅行でも行こうかと、帰宅後に話しあおうと帰り支度をしていたら、ヴァカンスに入ってしまう前にどうしても確認したい案件があると言われて引き留められる。
アーサーとは帰る場所が一緒なのもあり、いつも当然のように一緒に帰っていたから、特に確認するまでもなくそのつもりで、
「じゃ、ちょっとだけ行ってくら」
と、軽く声をかけて一旦はかけたデスクの鍵を開けて、ファイルを取りだして、営業部へと借りられて行く。
そうして向こうの課長と30分ほど打ち合わせ。
必要な事が終わってもダラダラと世間話で引き留める第二営業部の課長のことはギルベルトはあまり好きじゃない。
それでも普段なら付き合いもあるし多少はそれに付き合ったりもするのだが、今日は愛息子を待たせているのだ。
2人で帰りにマーケットによって美味しい夕飯を作る食材を買って帰りたい。
だから、必要な確認が終わって相手が
──ところで……
と、言葉を乗せた瞬間
「じゃ、これで確認は終わりだな。
今日は急ぐんでそれじゃっ!!」
と、有無を言わさずそれを遮って立ち上がった。
こうして急いで自分の部に戻ったが、何故か自分の隣のデスクにアーサーの姿がない。
あれ?トイレか?
と、しばらく待ってみるも、戻って来ない。
そして待つこと約1時間。
「バイルシュミットさん、まだ帰られないんですか?」
と、皆が帰って静まり返ったフロアで、おそらく最後の1人であろう若い男性社員が不思議そうな目をむけてくるのに、
「いや…アルト待ってんだけど…」
と、答えると、彼は苦笑して
「もう帰ったと思いますよ。
鞄持ってフロア出てたし」
と、教えてくれた。
ま~じ~かぁぁ~~!!!!
その言葉にギルベルトは秘かにショックを受けつつ彼を見送ると、自分も鞄を手に立ち上がった。
いや、確かに約束してなかったし?
待っててくれとも言わなかったし?
けど、いつも一緒に帰ってるだろっと、思った。
が、すぐに、ああ、俺様、今日は待っててくれとか言ってねえな。
アルトは自分から相手に絡むのが苦手だから、言ってやらねえと待って良いのかわからなかったのかも…可哀想な事をしたなと思いなおす。
もうその発想がかなり相手に対して甘いわけなのだが、仕方ない。
だってすごく可愛いのだから…
そうなると買い物はどうしようか……
独りで寂しく自宅で待っているであろうアーサーの元へ少しでも早く帰ってやりたい。
まあ食材が全くないわけではないので、少し凝った食事は明日にして、今日のところはまっすぐ戻るか…
そう思ってギルベルトは会社を出ると、まっすぐ自宅へと帰宅した。
が…そこでギルベルトはさらに唖然とする事になる。
帰宅しても電気がついていない。
真っ暗だ・
まさかまた体調を崩して寝ているのかっ?!
二度ある事は三度あるとばかりに、ギルベルトは玄関の鍵を閉めると、廊下、リビングと灯りをつけながら、奥へと進んでいく。
そうしてアーサーの寝室のドアをノック。
返事がないのでドアノブを回すと、真っ暗な部屋。
それだけではない。
どこか違和感を感じて部屋の電気をつけると、その違和感の原因がはっきりわかった。
クマがいない。
もちろん本物とかではなく…ぬいぐるみなわけだが……
アーサーがここに越してきた時に持って来たのは大きめのボストンバッグ一つ分の着替えとペアのティーカップ。
その他はわずかな文房具と洗面用具。
そんな風にほぼないに等しいくらいの私物の中で、もう一つ大きなボストンバッグをいっぱいにしていたのは、大小様々なクマのぬいぐるみ達だった。
それをデスクやベッド、棚の端など、いたるところに置いていたのだが、今見渡すとあれだけあったクマのぬいぐるみが一つもない。
梯子を登ってベッドを確認しても当然そこにアーサーの姿はなく、下に降りてクロゼットも確認したが、そこももぬけの殻だ。
何故?!!とギルベルトは半ばパニックを起こしそうになってアーサーの部屋を飛び出し、食器棚にあるはずのティーカップを確認しようとダイニングに行きかけて、通りぬけようとしたリビングのローテーブルの上に、それを見つけた。
シンプルな白い封筒。
朝にはそんなものはなかったから、これはアーサーが置いていった物に違いない。
震える手でそれを取る。
中には封筒と同じくシンプルな白い便せんが一枚だけ。
そこにはただ、これまでの生活が幸せで楽しかったことと、その礼、そしてここを出ていく旨とさがさないで欲しいと言う事が淡々とした文章で記されている。
「…幸せで楽しかったってんなら…何故出て行くんだよっ……」
くしゃりと手の中の便箋を握り締めて、ギルベルトはその場にしゃがみこんだ。
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