バイルシュミット課長補佐の家は本当に立派な家だった。
こんな家をぽ~んとキャッシュで買ってしまうというのがすごいと茂部太郎は感心した。
「ボロくてごめんね」
と、タクシーから降りてかばんのうち1つを持って鉄の階段をカン、カン、と鳴らしながら自分の部屋がある2階へとあがって言うと、エレベータもなく吹きさらしの古い階段が唯一の2階への移動手段というボロいアパートを物珍しげに見ていたアーサーは首を横に振り、
「俺のほうこそ…突然ごめん。
それでも泊めてくれるなんて、茂部君は良い奴だな」
と、小さく微笑んだ。
そんな彼はなんだか儚げに見えて、我が身の危険があるのについつい手を差し伸べてしまいたくなる。
しかし茂部太郎の上司のエリザはどうやら彼を課長補佐とくっつけたいらしいし、茂部太郎自身も助けはしたいものの、じゃあバイルシュミット課長補佐にとってかわりたいかというとそういうわけでもなく、ただ自分に親切にしてくれた優しい同僚が困っているなら助けたいというだけなので、出来れば2人の間で何か行き違いなりなんなりがあるなら問題を解決して欲しい。
自分はそれまでの間、一時的な非難場所になるだけだ。
だから大丈夫…きっと大丈夫。
そんな事を考えながら、茂部太郎は中学の修学旅行の時に土産物屋で買ったちゃちなご当地もののキーホルダーについた鍵を取りだして、がちゃりと鍵を開けて玄関の電気をつける。
そして
「狭いけど、どうぞ」
と、ドアを開けた状態で道を譲ると、アーサーは
「お邪魔します」
と、礼儀正しくお辞儀をして中へと足を踏み入れた。
天使が自分の部屋にいる……
それは茂部太郎の人生の中で、すさまじく特別な光景だった。
ありえない。実にありえない。
自分の人生の中では主人公やヒロインなど、主要人物となりうる人間はいつも、自分よりも少し離れた場所に存在していたはずである。
なのにこの紛れもなく主役級の愛らしさを持つ同僚は、今、茂部太郎の家のリビングとダイニングを兼ねた、そう広くはない部屋の古びた小さめの1人がけのソファにちんまりと座っているのだ。
ティーセットなんて洒落たものもないので、普通のコップに入れたウーロン茶。
それを両手で持って落ちつかない様子で部屋を見回している。
茂部太郎はとりあえず自分もウーロン茶のコップを手に、夜にDVDでも見ながらつまもうと思っていたスナック菓子の袋をバリリと開けて、
「こんなものしかないけど、良ければつまんで?」
と、テーブルに置いて、アーサーの正面のソファに座った。
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