──荷物はまとめておいたから、課長補佐が戻ってこないうちに…
泊めるのを了承した直後、立ち上がったアーサーに手を引っ張られてその言葉を投げかけられた時点で、茂部太郎は理由を聞かずに了承した自分の軽挙を少し後悔し始めた。
つまり…加担したのがばれたら課長補佐を思い切り敵に回すことになる…
半分人生が終わった気分で、それでも手を振りほどくことはできずに大通りに出て拾ったタクシーの中、直帰しても良いと言われていたが一応連絡を入れておくからと断って、茂部太郎はメールを打ち始めた。
もちろん相手は社内にいる誰かではなく、上司のエリザにである。
アーサーを泊めることがイコール課長補佐に敵対することになるとは思ってもみなかったので、なにかあったら救出よろしく…と、これまでの経緯の報告とともに送ったなら、まかせろっ!という言葉と共にピースサインの絵文字。
ああ、いまごろテンション高く良い笑顔してんだろうなぁ…と、その返答に茂部太郎は遠くを見る目になった。
本当にモブというわりに、なんだか最近は物語の中心にいすぎる気がする。
そういえば以前も思いがけず新人研修で一緒になったアーサーに、面接の時のお礼にと翌日菓子を送ったら、その日の午後、わざわざ礼を言いにこられた気がするし…
何故かアーサー本人ではなく、目が笑っていないとても怖い笑みを浮かべたバイルシュミット課長補佐に。
あれは怖かった。
仕事はできてイケメンで誰にでもきさくでフレンドリーな好人物。
と、それがバイルシュミット課長補佐の人物評だが、それはきっと彼が滅多に他人に対してマイナス感情を出すことがないので、嫌われた人間視点を体感した人がいないからだろう。
でも怖いのだ。
あの日…アーサーに渡した菓子の礼を言いに来た課長補佐は魔王のように怖かった。
バックにおどろおどろしくも激しい怒りの炎を背負ってるのに口元には笑み。
本当に呪い殺されるかと思って、その日は恐ろしさに眠れず、一晩家中の電気を全開にして、お気に入りのアニメを見てすごしたのだ。
お礼に菓子を渡しただけでもアレなのだ。
課長補佐がいないところでお気に入りのアーサーの家出を手伝ったなんて知れたら自分はどうなるのだろうか…
でも断ってアーサーが変な輩に同じことを持ちかけて何かあっても、何故知っていて止めなかったと課長補佐に殺される。
そこでじゃあ課長補佐に連絡を入れたとしたら、今度はアーサーは自分を介さずやはり変な輩に相談を持ちかけて…それで、相談できないような環境を作ったという責任を追及される気がするのは気のせいだろうか…
そう。もう知ってしまった時点で泊めても地獄、泊めなくても地獄なのだ。
人生が半分終わっている。
頼りは茂部太郎の命よりは自分の趣味の方をはるかに重要視しそうな、この苦境を作った女上司だけだ。
茂部太郎…23年間の人生の中で一番のピンチである。
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