しかも救急外来。
普段なら課長補佐はオンラインゲームで来ないアリアを待っている時間帯だ。
そう言えばアリアでログインしなくなってから、課長補佐は21時以降に自室に戻れなくなるような飲み会とかにも参加しなくなっていたし、たまに21時を過ぎてもアーサーと一緒に過ごす事はなくはないが、そう言う時は必ずと言って良いほど課長補佐の自室のベッドに雑魚寝していた。
思えばあれは、ノアノアこと本田課長あたりにアリアが来たら連絡をくれるようにと頼んでおいて、連絡があったら即対応できるようにということだったのだろう。
それでもその日は彼は夕方の宣言通り、アーサーを優先してくれた。
まあ、来るか来ないかわからない相手を待っているよりも、病人を病院へ連れて行く方が重要と判断しただけかもしれないが…
こうしてまたストレス性の胃炎と判断されて薬を処方されて帰宅。
痛み止めが効いてくると、疲れから一気に眠気が押し寄せてきて、アーサーはお礼やお詫びを言わなければと思いつつ、その夜は帰宅後すぐくらいに眠ってしまった。
そうして翌朝…髪を優しく撫でる手の感触に意識が浮上して、少し重い瞼を開けると目の前に目の覚めるようなイケメン…もとい課長補佐が少し気遣わしげにアーサーを見下ろしていた。
昨夜は1人だと心配だからと言われて課長補佐のベッドで眠ったので、まあ驚く事ではない。
病気じゃなくても翌日が休みの日などには夜に話しこんでこうしてここで目を覚ます事はしばしばあるが、そんな休日の朝は課長補佐はいつもベッドまで朝食を運んでくれて、こうして起こしてくれる。
でも今日はそんな和やかな朝とは違う。
迷惑をかけた翌朝である。
せっかくの週末なのに真夜中に病院に運ばせるなんて面倒すぎだろう。
そんな自分にさぞや呆れたものと思ったが、髪を撫で頬に触れる手は相変わらず優しい。
それでも嫌われたり煩わしく思われるのがつらくて、
──…迷惑かけて…すみません……
と謝罪を述べると、
「…今、一緒に暮らしたいのも守って面倒みてやりてえのもお前だけだ。
つ~か、俺様的には、もうちっと心許して甘えて欲しいんだけど?」
なんて優しい言葉と共に額に振ってきた口付けにびっくりしすぎてアーサーは固まってしまったが、課長補佐にしてみたらそんなスキンシップも特別なことではないのだろう。
額から唇を離して身を起こすと、なんでもないことのように笑みを浮かべて
「ほら、飯食うぞ。
でねえと薬飲めないし、また胃を悪化させて痛い思いはしたくねえだろ」
と、食事を並べ始めた。
課長補佐は本当に優しい。
アーサーがそれを特別な愛情だと勘違いしてしまうくらいには…
まあ今は特別に優先してくれることは確かだが、それはきっとアーサーが特別だというわけではなく、自分が面倒を見ると決めた相手に対する義務感なのだろう。
だから物理的には甘えても、心を明け渡してしまってはいけない。
そうは思うものの、優しい言葉、態度、すべてが心地よすぎてそれが難しい。
そう、どうせあと数日…バカンスに入ってしまったら、この家を出て仕事も変えて、二度と会うことはなくなるのだ…
だからそれまでは絶対に堅持しなければ…
そう思うと、ひどく悲しくなってきて、我慢できずにまた子どものように泣いてしまった。
すると課長補佐はまた慌てて抱き締めて慰めてくれてしまうので、余計に辛さが募って、涙が止まらなくなる。
この家を出て本当に何もなかったように生きていけるのだろうか…
こんなに心が痛んで死にそうなのに……
そう思うものの、アーサーに取れる選択肢なんて、そのほかには本当に残されてはいないのだ。
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