とある白姫の誕生秘話──自覚と決意3

…ぎ…る………

赤く潤んだ目…かすれた声。

飛び起きたアーサーは改めて見ると、病人かどうか悩むところで、

「…熱…か?」
と、コツンと額と額をあてると熱い感じはしなかったのだが、顔を話してみると顔が真っ赤なので、実は熱があるのかもしれない。

「す…すみません……勝手に早退して……」
と、目の前で怯えたようにまた目を潤ませるのが可哀想で、

「いや。1人で帰らせてごめんな?
お前に何か変わった様子があれば、有無を言わさず電話寄越すように課長に頼んでおくべきだった。
良いから寝てろ」
と、言葉は柔らかく、しかしやや強引に横たわらせると、

「い、いえ、大丈夫ですっ!!」
と起きようとするので、

「大丈夫じゃねえ。
熱あんだろうが」

と、軽くそれを制するように押さえ込んだ上でアーサーの赤い頬を手のひらで包み、

「それに…」
と、親指の先でゆっくりと頬から目じりを辿って言う。

──涙の跡がある…。

…と。



それは聞かれると困る事だったのだろう。
その言葉でアーサーが少し身がまえて固くなるのがわかるが、そこで止める気はない。

「良いから話せ。
大事な大事な愛息子に何かあったら、父さん泣くぞ?」

と、顔を覗き込んで緊張を和らげるように笑みを浮かべてやると、両腕にしっかりとクマのぬいぐるみを抱きしめたアーサーは、クマの頭で半分隠れた顔でギルベルトを見あげた。

もうその様子自体が可愛すぎて胸が熱くなる。

じわりと涙があふれてくるメロンキャンディのようにまるいグリーンの目。

目の端にぷくりとたまった透明の雫がころんと零れ落ちて頬を伝うのを指先で拭ってやると、アーサーは堪え切れなくなったようにクマの頭に顔をうずめてシャクリをあげ始めた。

「ほら、泣くくらいなら、俺に言え」
と、いつものように頭を撫でてやるが、アーサーは無言で首を横に振るので、ギルベルトも途方にくれる。

そう言えばルートも同じくらいの年の差だが、なかなか言わないお子様だった。

4,5歳くらいの年の差というのは、ギルベルトからすると充分すぎるくらいの差なのだが、彼らから見ると“大人と子ども”というほどではないので、無条件に甘えるべきではないと思えるらしい。


「なあ…俺様、守ってやりてえんだけどな…
守らせてくれねえ?」

確かに成人しているはずなのだが、今こうして泣いているアーサーは、子どもの頃のルートよりも幼く頼りなく見える。

「こんな風に泣かれてると胸が痛えんだよ…頼むから……」

本当に…ギルベルトには守ろうと思っている相手に悲しそうに泣かれるのは辛く感じた。
自分が物理的に痛みがあるほうが耐えられる。

熱だって別に自分が代われるなら代わってやりたいし、自分に出来ることならなんでもしてやりたい。
だから実際にそう口にした。

──なあ、言ってくれよ。出来る限りのことなんでもしてやるから…何して欲しい?

そう言うと、まだシャクリをあげながら、アーサーがそろそろと目だけをぬいぐるみの頭から離してギルベルトをみあげる。

涙いっぱいのまあるい目は愛くるしくて、それが何か悲しげな色合いを帯びているのが、切なさを感じさせた。

「…俺様じゃ…頼りにならないか?」
と、零れる涙の雫を指先でぬぐってやると、愛し子は少し目を伏せて

──困るから…ぎる…が……
と、ぽつりとこぼす。


「困る?何が?俺様はアルトがして欲しい事をしてやれるなら、別に困らないぞ?」

と、その言葉にギルベルトが眉を寄せると、アーサーは少し迷って、

「でも…俺にばかり構ってて、ギルが婚期逃しても困るじゃないですか……」

と、なにやら聞き捨てならない発言をされた。

そこでなんとなく想像する。

「婚期とかって…会社の女達に言われたのか?」

それなら大きなお世話だ。
結婚なんかよりアーサーの方が大切だし、そもそもあの女達と結婚するつもりはない…と、思っていると、アーサーはふるふると首を横に振った。

「いえ…レディ達は何も…。
ただ、本田課長が以前ギルに大切な女性がいるって言ってたって……
だから…俺…邪魔かなって…
レディ達はむしろ邪魔じゃないって言ってくれたんですけど……」

おし!そこはよくフォロー入れた、女達!
と、思うと同時に、それか~~!!とギルベルトは内心思った。

「…別に邪魔じゃねえよ……」

と言っても信じないだろうなぁと思って悩む。



話すべきかどうか……
ああ…でも自分が少しばかり恥ずかしい思いをするのと、大切な子を泣かすのと、どちらがダメかと言えば後者だよな……

結局そう判断するしかなくて、ギルベルトはくしゃりと自分の前髪をつかむと、小さく息を吐きだして言った。

──他には絶対に言うなよ……と


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