俺達に明日はある?第2章_波乱の予感

「サル、天晴れな活躍だった。わずか十分の1の手勢で敵軍を蹴散らすとは真に天晴れ!」

快勝した数日後、秀吉は上機嫌の信長に呼び出された。
信長自ら秀吉と景虎に戦勝祝いの杯をそそぐ。

「派手に、圧倒的な力の差を見せ付けて、だったな。見事であった」
命を受けた日の景虎の言葉をそのままに、隣に畏まる景虎にも目を向けた。


「今日汝らを呼びつけたのはほかでもない、褒美を取らせようと思ってな」

上機嫌な信長の言葉に秀吉は
「ははっ!ありがたき幸せにございます!」
と平伏し、景虎は無表情に頭を下げた。

「サル、お前も戦功を挙げ、身分が上がれば、戦場の作法だけ知っていればすむというわけにも行くまい。貴族どもの遊びにつきあってやったり、饗応の支度をしたり、そういう必要もでてくるはずだ」
「仰せの通りにございます」

「しかし汝の軍団は元々土農の集まり。そういう作法に通じるものはおるまい?」
「ますますもって仰せの通りに」

「そうであろう、そうであろう」
秀吉の言葉に信長は満足げにうなづいた。

秀吉の隣では景虎が何故か嫌そうな顔をしている。

「ゆえに、汝ら二人にそれぞれ一名ずつ、それらに通ずる配下を与えようと思う。
いわゆる秘書というやつだ」

続く信長の言葉に、景虎がため息をつきつつ小声で

「いわゆる目立ちすぎたネコの首に監視の鈴、というやつだな」
とつぶやいた。

それを聞いた秀吉は慌ててフォローをいれる。

「トラ!殿のお気遣いになんという無礼を!ほら!わびを言わんか!」

普段は非常に激昂しやすい信長の事、さぞや立腹するかと青くなった秀吉だったが、信長は意外な事に上機嫌の体を崩さず、笑顔で言う。

「景虎、そう言うな。
サルに二心ありとはさすがのワシでも思うておらぬ。
そして…そちはサルがワシに従ってるうちはワシに刃を向けぬというのもわかっておる。
別にそち達の監視などではない。今回の措置は純粋に述べた通りの理由でじゃ」


信長がとりあえず機嫌を崩さなかったのにほっとしつつも秀吉は

「ありがたきお気遣い、心より感謝申し上げます。ほら、トラ!お前も礼を言わんか!」
と隣の景虎をうながす。

うながされて景虎も仕方なさそうに渋々

「ありがたきお気遣い感謝いたす」
と軽く頭をさげ、杯を口に運ぶ。

「うむうむ」

上機嫌でうなづく信長。
そしてさらに上機嫌で続けた。

「しかも、サル、喜べ。汝の好きなオナゴじゃ」

ブ~~ッ!
景虎が口に運んだ酒を噴出しかけて、あわてて飲み込んだため、激しくむせる。
秀吉はというと、ポカ~ンと口をあけたまま呆けてる。


(まずい…これは予想以上に…)
景虎は内心つぶやく。脂汗がどっとわいてでてきた。

そう、好きなのだ。秀吉は。
無骨な容姿、粗暴な物腰で決して女受けはしない。ゆえによけいに女好きなのだ。

女に振られては惚れ、惚れては振られて。
こと、女に関してはその繰り返しの寂しい人生を送ってる秀吉にそんなもの贈られた日には…


「おそれながら!」
いつものポーカーフェイスもどこへやら、景虎はものすごい形相で信長に詰め寄る。

「当軍屋敷内は男所帯。若く未熟な者も多数おりますゆえ、そのようなところに異性を送られては…」
「景虎、良い良い!体裁を繕うな。
サルがオナゴに気がいきすぎるのを案じておるのであろう」
普段平静な景虎があわてる様がおかしかったのであろう。信長は噴出した。

「恐れ入ります」
景虎は仕方なく平伏した。

「案ずるな。サルの下につけるのはオナゴと言ってもただのオナゴではない。余の懐刀じゃ。
武術のたしなみもあれば、剣も男並に使う。
例え戦場に連れて行こうとも、足手まといにはならぬオナゴじゃ。
その上で宮中の行事にも詳しい。
まあ…会えば案ずる必要がないと言う事はすぐわかる。
この話はこれまでじゃ。異論は許さぬ!」

機嫌よく穏やかでありながら最後は有無を言わせない強い口調で締めくくる信長に、さすがの景虎も押し黙るしかなかった。

そしてそれ以上その話に対する論議は無用とばかり、信長は部下を向かわせる日程などを
軽く申し渡した後は、今回の戦の話に話題を戻した。




一体信長は何を考えているのだ。

今秀吉を骨抜きの役立たずにする意味があるのか。
その後帰りつくまで景虎は終始無言で考え込んでいた。

信長の城に近い、秀吉の武家屋敷の門をくぐると
「おかえりなさい!」
と庭を掃いていた軍団の若い者が声をかけてくる。


「おお~、帰ったぞ。殿から褒美を賜った」
無言で難しい顔の景虎とは対照的に秀吉の顔は晴れやかだ。

新しい配下の他にも荷車いっぱいに積まれた金銀反物などが与えられた。
それらは次の戦の支度金や非常時の貯蓄以外は兵に気前よく配る。

苦労を共にした部下に多くの報酬を配ってやれる。
それが秀吉には嬉しい。

戦の取り分はみんな平等に公平にわける。それが秀吉の方針だ。
もちろん給金はそれとは別に信長から支給されてるので、全てが一緒とはいかないが、基本、秀吉的には通常は上も下も作らない。
各々仕事の差はあっても時間があえば普通に部下と同じ釜の飯を食べる。

そのおおらかさが今となっては問題だ。

宮中作法に通じる女の部下。
嫌でも予定では来週には来るらしい。これをどう扱うべきか。
秀吉の事を別にしても景虎にとっては頭の痛い問題だった。


部屋はどうする。
風呂はどうする。
洗濯物を干すのは…

なによりそんなお高い女がこの土農あがりの礼儀作法などほぼ知らないような他の連中とやっていけるんだろうか。
決裂して信長に色々吹き込まれた日には…

楽天家な大将とは対照的に悲観的な副将の深いため息が、戦勝と大殿からの多額の褒美にお祭り状態の楽天家集団の喧騒の中に埋もれていくのであった。





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