とある世界のとある時代。
戦国の風が吹き荒れる世の中で迷走する集団が一つ。
大将らしき兜をかぶって慌てているのは羽芝秀吉。
現在京の都を制圧している日の国最大勢力、小田信長の家臣である。
元農民の出で、懐で草履を温めて出世…などという事をしたかはわからない。
が、とにかく低い身分から破格の出世をして、どこか猿(大柄でニホンザルというより、ゴリラかチンパンジーと言った風貌ではあるが)を思わせるその容貌から、信長から、
「サル、サル」
と、何かにつけて可愛がられ、戦では常に重要な位置に配属されている。
「為せばなる。オレが信用できないなら、構わん、逃げとけ」
「お~いぃぃぃ!!!」
「誰ぞ、馬をひけ!」
その、本来偉いらしい秀吉に対してぞんざいな口をききつつ、わずかな手勢と共に黒鹿毛にヒラリと飛び乗ったのは大谷景虎。
下級武士の子とも噂されるが、出自については定かではない。
ただ確かなのは秀吉が信長に仕える以前からその側にあって、ともすれば情に流される秀吉の横で常に的確な策を練る軍師であり、さらに率先してその策に従って敵陣に乗り込む副将でもある。
さらに言うなら…イケメンだ。
いや、武将にイケメンかどうかなど関係はないのだが、一応情報としては提供しておこう。
その気真面目な性格を反映してか、本来あって欲しいであろう場所にきっちりと一分の狂いもなく目鼻が配置されたような整った顔立ち。
整い過ぎていてややキツイ印象を受けなくはないが、すれ違えば10人が10人振り返るような美形である。
まあ本人は、自分の容姿よりは知力や体力の方に重きをおいていているような武骨者なので、猫に小判、豚に真珠のような、とにかく無意味な要素なわけなのだが…
ともあれ、彼の現在の全ての興味は自分自身の作戦の遂行にある。
なので、
「参る!」
と、一日千里を走ると言われる愛馬湖嵐と共にあっという間に闇の彼方へ去る旧友を見送って、秀吉は深い深いため息をつくことになるのであった。
羽芝軍は今、日の国第二の勢力、今河軍と対峙していた。
もちろん本体同士の激突と言うわけではない。
言うなれば様子見の小競り合いと言ったところか。
敵の大将ももちろん大名本人ではなく、その家臣松田憲善であり、小田軍の方も信長本人が出向くような事はせず、秀吉を派遣したわけだ。
「まあたかだか小競り合いにすぎんわけだが…」
派手な扇をパチパチ開いたり閉じたりしながら、鋭い視線を自分に向けた主君信長の様子を秀吉は思い起こした。
「たかが小競り合い、されど小競り合いだ。わかるな?サル」
能力があれば高く取り立てるが、無いものには容赦のない、敬愛もし、畏れもしている主君の鋭い声に秀吉は平伏した。
「派手に…圧倒的な力の差を見せ付けて叩き伏せろと?」
平伏している秀吉の横で、大して畏れもせぬ様子で景虎が絶対者の意思を確認する。
信長はそれには直接答えず、高らかに笑った。
「ハハハ!サル、良い部下を持ったな。わかったら行け!」
「はっ!」
こうして恐れ入りながら謁見の間を退出し、館へ戻るための道々、腑に落ちぬ様子の秀吉に景虎は肩をすくめる。
「元々お互いの勢力の力を推し量るためにつつきあってるようなものだからな。
力のあるところを見せておかないと舐められる」
「だからといってなぁ…お互い利益になるものでもない戦で兵や農民を疲弊させるのは…」
無骨な容貌に似合わず気の優しい男である。
その気の優しさが秀吉の強みでもあり、弱みでもあるわけだが…
「最小限の人員で最大限の効果を上げればいい。ただそれだけの事だ」
信長の命が出た瞬間にフル稼働していたのであろう景虎の脳内では、もうその絵図が出来上がっているらしい。
不敵な笑みを浮かべ
「まあ、オレに任せておけ!」
と自信たっぷりに請け負った。
そして当日…
「トラ…いくらなんでも兵少なくない?」
敵軍総勢五千に対し、当日景虎が手配した自軍五百。
「いや、たかが小競り合いだし?」
「と~ら~!先日の殿の話聞いてた?聞いてたよね?負けちゃやばいんだよ?おいぃぃ?」
シレっと言う景虎に秀吉はがっくり肩を落とした。
その反応が面白いらしく景虎はクックッと喉の奥で笑う。
「平気平気。秀さん含め、みんな体力には自信あるだろう?」
「お前ねぇ、体力の問題?ねぇ、体力でなんとかなる?」
なさけな~い顔で言う秀吉の前に景虎はサアッっと地図を広げた。
「場所はここだ、樽狭間」
左右を高い崖にはさまれた細長い道を手にした筆でトントンと示す。
「秀さん達本体450はこの出口のあたりで待機」
そういって小田領側の端に筆で丸く印をつける。
「トラは?」
「オレは残り50率いて上方の道から敵の後方に回り込んで、援軍呼ばれんように最後方の橋を落としつつ、後ろから敵を叩く。
ここは道幅狭いからな。人数いても一度に対峙できる人数は限られる。
サシの勝負で負けなければ負けはない」
といって今度は今河領側の端にある橋にクルっと丸をつける。
「何か質問は?」
「トラ~…上の道からどうやって下に下りるわけ?お前」
「馬で」
景虎はシレっと言い放つ。
繰り返すが…周りは高い崖である。
それまで半分冗談まじりに、半分本気でなさけな~い返答を繰り返していた秀吉がさすがに押し黙ると、景虎は軍議終了とばかりに、また地図をクルクルっと丸めて、後ろの部下にポン!と渡した。
「あそこを鹿が駆け下りてたの見た事あるから、馬でもいけるだろ」
「そ…そんな理由かぃ!!」
秀吉はズルっと腰掛からずり落ちた。
そして冒頭のセリフに至るわけだが…
景虎の姿が闇に消えると、秀吉はスクッと立ち上がって、特有の野太い声で号令を下した。
「総員、配置につけぇ!」
そして自らも主君信長から拝領した大槍を振り上げる。
さきほどまでの情けない表情は微塵もない。
歴戦の武人の目でまだ敵の見えぬ道の先を見据えた。
景虎が橋を落とせなければ、援軍が来たら、とはすでに考えない。
自分が信用して任せたからには、たとえ何があろうと、信頼してその指示に従う。
それがこの男の下に多くの強者が集まる一つの大きな要因である。
秀吉は部下を信用する。そして周りの部下はその秀吉を信用して命をかける。
それがこの集団を日の国最大勢力の小田氏の中でも最強クラスの軍団としてると言っても過言ではない。
こうして秀吉は前方の闇の中に砂煙が沸きあがるのを見取って、
「総員、かかれぇー!」
と自ら槍を振り上げ突進していった。
景虎が言う通り道幅の狭さが敵の大軍の利点をことごとく削いでいた。
数が多いゆえ長く伸びすぎた軍は指揮系統も統一されにくく、一度に戦える人数もこちらと大差ないがゆえ、指揮が浸透している羽芝軍の敵ではない。
秀吉を含め、元々過酷な環境からのし上がってきた男たちだ。
一対一で戦うならば一人十殺するくらいの体力は持ち合わせている。
敵国から援軍が投入されなければ、勝てる戦だ。
秀吉を筆頭に敵を切り倒し切り倒し、返り血で赤黒く染まりながら、羽芝軍は敵軍の中枢に
切り進んで行く。
そして…やがて敵陣の中に
「大将のくせに、先陣切ってんじゃない!」
と同じく返り血で染まりつつ、それでも冷静な表情を崩さずに言う副将の姿を見出して
「お前も含めて後ろで踏ん反りかえってるようなヤツに付いてくるような奴らじゃないだろうが!」
と、秀吉さらに豪快に笑いながら槍を振り回した。
些末なところですが誤変換報告です「一部の狂いもなく」→一分の~かと…ご確認お願い致します。
返信削除ご報告ありがとうございます。修正しました😊
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