とある白姫の誕生秘話──自覚と決意1

課長補佐が結婚……

自宅に戻って上着だけ椅子に放り出すと、アーサーはベッドにもぐりこんでテディを抱きしめて声を押し殺して泣いた。

昼休みの女性社員達の会話を思い出すと、胸がずきずき痛んで涙が止まらない。

別に今そんな話が出ているわけでないが、課長補佐だってもう27歳。
結婚したって全然おかしくはない年齢だ。

それでも同居をと誘ったのは課長補佐の方だし、結婚するから、はい、出てけというような人でもない。

相手が下宿人がいても気にしないような女性なのかもしれないし、あるいは課長補佐は随分と資金的には余裕がある人のようなので、課長補佐の方が彼女の好みに合わせた家を買って出ていくつもりなのかもしれない。

そのどちらを想像しても胸が痛くなる。

アーサーにはもう心を許せる家族がいないので、あるいは課長補佐に本当に親のような感情を持っていて、それが崩れるのが嫌なのかと思っていたが、よしんば課長補佐のお相手がアーサーの母親代わりに…と思ってくれるような奇特な女性だったとしても、やっぱり嬉しくはないのである。

とすると…もうこれは、単なる独占欲なのだろう。
自分以外に課長補佐の気持ちが向くのが嫌なのだ。

そんな気持ちを自覚したところで、アーサーにはあまり意味がないのだが……

だって、自分は“嫁”にはなれないし、同性婚という制度はあるにしても、やっぱり一般的には結婚というのは異性間でするもので、自分ですら今それを望んでいるのかもわからないくらいなのに、たまたま面倒を見ることになった新人の世話をしてやっているだけの課長補佐がそんな目で自分を見ているなどと言うことはあり得ない。

そもそもが、彼には大切にしている遠距離恋愛の彼女がいるというではないか。
余計に彼女よりもアーサーといる事を選んでくれるなんて事はあり得ない。

むしろそれを知った時点で、アーサーがやるべきことは、課長補佐が心おきなく結婚して彼女と同居できるように、ここを出ていくことなんじゃないだろうか…。

別に愛情を向けていてもらえれば、それが子どもに対するような親愛でも、恋人に対するような恋愛でも構わないのだ。
ただ自分は愛情に飢え過ぎて、それを手にすると他者と分けあえない性格なのだろう。
他にそれを享受する相手がいるのが嫌なのだ。

自分でも厄介な性格だと思う。
結婚を考えているくらいの年齢の人の家に居候なんて迷惑この上ない立場なのに、身の程知らず過ぎだ。

いっそここを出て行った方がいいのか…と思わないでもないが、“”を手放すのは辛いし、そもそもが仕事の上司でもある相手の家なので、変な出て行き方は出来ない。

どうしよう…どうすればいい?

考えても考えても答えが出ることはなく、アーサーはこの世でただ一つ、自分が生きている間は愛情を向け続けられる相手、幼い頃から一緒に居たティディベアに縋って泣きながら、いつしか子どものように泣き疲れて意識を手放した。



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