とある白姫の誕生秘話──重すぎる善意と軽すぎる悪意5

課長補佐の婚期……

その言葉は言うなれば猛獣の中に肉を投げ入れたようなものだった。
実にわかりやすく食い付く女性陣。

「その婚期についてなんだけど…」
と、ギラギラした目で課長補佐の愛息子ことアーサーに詰め寄る女性陣。
自分だったら恐怖に卒倒しそうだ…と、本田が思う程度には殺気立っていた。

しかし当のアーサーはやっぱりきょとんとした様子を崩さず小首をかしげている。

一応体裁を繕う気はあるのだろう。
女性陣は笑みは浮かべているが、眼が怖い。
全然繕えてないと言うか、そのアンバランスさが余計に怖いと本田は思う。

「ギルベルトさん…そういう方いるのかしら?」
と、ひきつった笑みを浮かべて言う女性陣に、
「そういう方?」
と、相も変わらずあどけなさ全開で聞き返す愛息子。

まあ、そのあどけない様子故、猛獣に牙を剥かれていないのであろうと思えば、その所作は正しいわけではあるが、自衛のためには正しいからと言って、実際出来るかどうかは別物だ。

「ようはね、お付き合いとかしている女性がいるようなお話聞いてる?」

ジリジリとしていますと顔に思い切り描いているような表情で聞く女性陣に、アーサーは

「いえ、課長補佐本人には少なくとも俺はそういう話は聞いた事ありませんし、自宅に女性が訊ねてきたりしたことはありません」
と、首を横に振った。

ほぉ~っと女性陣の中から安堵の息が漏れる。
ああ、これで解放されるか?と本田も別の意味で内心安堵の息をもらしたわけなのだが、そこで女性陣の1人がぽつりとつぶやいた言葉…

──確か、本田課長がギルベルトさんには思いを寄せる女性がいるってお話をなさってたとか…

と言う言葉で、猛獣達の視線は今度は一気に本田の方へと向けられることになった。



え?ええっ?!!今度は私ですかっ?!!勘弁して下さいっ!!!

本田は心の中で大絶叫。


「本田課長っ!!!」

と詰め寄られて、泣きそうになる。


事情や成り行きを知っている上に、半分以上、二次元に身を置いて生活している本田はなんとも思わないが、一応、ネット内のプレイヤーに(前に両がつくのではと思うが)片思いをしているというのは、一般的には理解されないだろう。

そう考えると、ギルベルトの名誉のためにも本当のことは言えない。

焦る本田。

「え?エリザさんじゃないんですか?お相手…」
と、無邪気に聞く愛息子。

それには
「いいえ、彼女は幼馴染ですよ」
と、答える事が出来る。

それに対して、どれだけ情報を集めているのだろう。

「エリザさんは違うでしょ。
彼女は綺麗系だし。
ギルベルトさんの可愛らしいタイプらしいから。
大切にしてるからって聞いてたんですけど…新しい自宅には連れて来てないってことは別れたとか?」
と、1人が鋭い突っ込み。

それに対して、
「それか…遠距離恋愛とか?」
と、もう一人が言う。

さらにその言葉にアーサーが、あっ…と、小さく声をあげた。

そのとたんざわついていた女性陣が瞬時に口を閉じてアーサーに注目した。

「そう言えば…課長補佐は毎日21時には何をしていても必ず自室に戻られるんですが…もしかして遠距離の彼女さんとの電話のため…だったんですか?」

と、その言葉に小さく絶叫する女性陣。

しかし、自分の言葉にハッとしたアーサーにはその声も聞こえない。

そうか…そうだったのか……
どれだけ話の途中でも何かをしていても、課長補佐はその時間になると、

──悪い、アルト、話はまた明日な?
と言って自室に戻って行く。


朝が早いとはいえ、21時は寝る時間としてはあまりに早い。
なんだろう?と常々思っていたが、そういうことだったのか……


もしかして、近い将来、結婚してあの家で一緒に住むとか、そんな話になってたりするんだろうか…
それなら自分も身を落ちつける住居を探しておいた方がいいんだろうか……

「…もしかして……俺もいつまでも甘えてないで、ちゃんと行き先を見つけないと、本当に課長補佐の結婚の邪魔しちゃいますね…。
そんなんで彼女さんに振られちゃったらお詫びのしようがありませんし…」

なんだか泣きそうな気分でそう言うと、女性陣が

「そんなことないっ!!愛息子より女なんて事、ギルベルトさんに限って絶対ないからっ!!」
「それで別れるような女なら別れた方がいいのよっ!!」
「あたしなら、アーサー君込みで結婚できるっ!!」
「なんなら息子さんと一緒でも良いのでって言ってたってアーサー君からギルベルトさんを説得してもらえればっ!!!」

と、我先にアーサーに詰め寄ってくる。


自分込みで…課長補佐が結婚……
と、それについて考えて見るも、何かもやっとしたものが胸の中に広がって行く。

なんだかよくわからないが、あまり想像したくない。
胸がずきずきして胃がきりきりしてきた気がする。

こうして騒々しい昼休みが終わり、就業時間になって女性陣が帰ってやや静かになるフロア。

「…すみません、課長……」
「はい?」
「午後…早退して良いですか?」
「あ、ええ、かまいませんが…」

新人なのに仕事をさぼるなんてもってのほかだと思いつつ、どうしても普通に仕事が出来る気もせず、そもそもがギルベルトがいないので急ぎの仕事もないこともあってアーサーがそう申し出ると、本田が気遣わしげな視線を向けてくる。

「私が送っていってさしあげたいところなんですが…」
とまで言うのは、おそらくギルベルトに影響されて、自分に対して子どものような印象をもっているからだろう。

「いえ、家近いしタクシー拾うので」
と、それには少し苦笑して、アーサーは帰り支度をして会社を出た。



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