とある白姫の誕生秘話──うちの愛息子が可愛すぎる件2

それを聞いたのは同居を始めて1週間くらいの時だった。


その頃のギルベルトは正直少し落ち込んでいた。
原因は簡単なことで、あの即落ちした日以来、お姫さんがログインしてこないということだ。

胃痙攣を起こしたアーサーが泊まっていた3日間はなるべく様子を見ていようと彼と一緒に寝ていたので、全てを本田に丸投げしていた。

しかしその3日間の間、お姫さんがログインしてこなかったのは、有休が終わった4日目の朝、出社して本田に聞いた。

その後はギルベルト自身も毎日ログインしていたが、お姫さんは来ない。
それで少し癪ではあるがミアに、自分は3日間インできなかったからと理由をつけて、何か聞いてないか聞こうかと思ったら、ミアもいない。

そこでキロに聞いてみると、ミアはここ一カ月ほどは仕事が非常に忙しく、イン出来ないとのことだ。

そう言えば、ちょうど今、ロズプリで新作の演目が公開されていて、そのわりあいと重要な部類の役にミアことフェリシアーノの名があったので、そのせいだろうと納得する。

そうなると、もうお姫さんを追う手段はない。

仕方なしに毎日ログインして彼女を待ったが、やっぱりログインはない。

その間、アーサーを保護すべく家を買い、同居を持ちかけ、なかば強引に自宅に引き取ってしまったりと忙しくはしていたが、それはそれとしてお姫さんの事もずっと気にかけていた。

そうして理由もわからないままお姫さんがこなくなってから半月ほど。
非常に気になるが、もうどうしようもなく、それでもお姫さんが戻ってきたらすぐ迎えられるようにと、いつも待ち合わせをしていた21時には、少しでも慣れるようにと一緒にいる時間を増やしていたアーサーを置いて自室に戻ってゲームにログインしていた。

今日こそは、明日こそは…と、期待して待ってはログインがないまま待ちぼうけて、なるべくマイナスの感情は表には出すまいと思っていたのだが、朝、起きぬけから朝食あたりまではまだ緊張感が足りてなかったのだろう、どうやら様子がおかしいのをアーサーに気づかれたようだ。

──ギル…?
と、どことなく不安げなガラス玉のようなグリーンの目でこちらに視線を向けてくる。

ストレス性で胃を壊してから、心身ともに不安定になっている彼は、ギルベルトの心の揺れに、まるで保護者である親が落ちつかないために心細くなった子どものように不安になっているのだろう。

そう思って、大丈夫だと示してやるため、抱きしめた背を軽く叩いてやると、子どものように泣きだした。

そうやってしばらくして、泣きやんでひどく狼狽しているのをなだめて聞きだすと、幼い頃に実母が亡くなって以来、ほぼ父親を始めとする大人に構われずに育った生い立ちをぽつりぽつりと話してくれる。

なるほど。
裕福ではあるものの、妻子にあまり愛情を注がない父親と、その分愛情を注いでくれたものの早くに亡くなった母親の子ども。
もともとの性格も起因しているのだろうが、こんな風にどこか人恋しげな雰囲気を漂わせているのは、それが原因か。

会社にいるとよく気の付く優秀な社員で、面接の時の転倒の時のように、必要な事があれば自主的に動けるし、様々な準備も良い。

だがプライベートになると不安げな子どものようなのが、庇護欲は強いが基本的には努力を尊ぶギルベルトの心の琴線にひどく訴えかけるものがある。

優秀で努力家で、なのに抜けていて可愛い…最高じゃないか。

そう言えばお姫さんに惹かれたのも、真面目で一生懸命なのにどこか危なっかしさがあるところだった。

ギルベルトは自分が惚れっぽいタイプだとは思っていない。
というか、そこそこモテるわけだから、そんなタイプだったら彼女いない歴=年齢なんてことにはなっていないだろう。

そんな自分に同時期にどうしても見捨てられない、自分の手で守ってやりたい人間が2人出来てしまうのは、なんの運命のいたずらなのかと思う。

同時期に助けの手が必要になったとしたら、何を置いても守ってやれるのは1人きりだ。
それが緊急事態であればあるほどしっかりとした優先順位をつけなければならない。

そもそもがもしお姫さんがひょっこり戻って来て、まかり間違ってリアルまで発展したら自分はどうするのだろうか…

以前から漠然とはそんな事を考えてはいたが、こうしてアーサーを本格的に自宅に住まわせてしまっていると、ゆるやかな想像であったものが一気に現実味を帯びてくる。

アーサーはギルベルトの心情的には愛息子でいつかは旅立って行ってしまう者とは思っているが、その“いつか”が遅かったら?

お姫さんは見た感じはハイティーンかせいぜい20歳くらいに見えたが、20歳だとすると早い子ならあと2,3年もすれば結婚を考え始めるだろう。

だがアーサーは新入社員でまだ22歳。
本田くらいの年まで独身でいる可能性だってあるし、そうするとあと10年…

お姫さんにさすがに10年待ってくれとは言えない。
ギルベルト的には3人一緒に住んでもいいし、それはそれで楽しいと思うのだが、アーサーの性格からして、夫婦の中に他人が1人は気を使うだろう。

そう考えると結局どちらかを選ばなければならない。

…というか、一緒に住む家を買って住まわせてしまっている時点で、深く考えないまま選んでしまった感がなきにしもあらずなのだが……

心が痛む。
最初に守ってやろうと思ったのはお姫さんだ。

でも、じゃあアーサーを別に住まわせて…という選択肢は取れない。
一緒に住むということは単純に場所の問題ではないのだ。
同じ場所に住む事で色々面倒を見てフォローを入れて保護してやるということに意義があるのだから…

性格は好みのど真ん中、容姿も好みのど真ん中だった、理想の嫁のお姫さん…
その彼女との未来を諦めてでも、見捨てられない。

そのくらいギルベルトの愛息子は可愛いのだ。

それでも…お姫さんのことを完全に忘れることなど出来ず、結局気にはし続けてはいるのだが……


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