正体がばれたらヤバい!!…と戦々恐々としすぎて胃痙攣を起こして病院に担ぎ込まれた結果、なんと家を買われてしまいました……
なんの詐欺広告だ、デマだ、と、言いたいところだが、本当の話である。
「あ~、そっちは重いから置いておけ。
俺様があとで運ぶから。
それよりアルト、自分の着替えとかの整理しとけよ。
とりあえずベッドと服がなんとかなりゃ生活は出来る」
と、自分は食器やら本やら、重い物の荷ほどきをしつつ、課長補佐…もといギルが言う。
そう、プライベートでは課長補佐はやめろ、名字に“さん”づけもダメだ、名前で呼べ。
と、言われた結果、入社2カ月強の新入社員のアーサーが、出世頭でイケメンで人望厚き社内でも有数の有名人、女性社員の憧れの的でもあるバイルシュミット課長補佐を、恐れ多くももったいなくも、“ギル”などと呼ぶことになったのである。
元々はオンラインゲームでネカマをやっていた時に出会った親切な先輩が実はバイルシュミット課長補佐だとわかって、絶対にあれが自分だとバレないようにしないといけない…そう思い詰めたのが原因だった。
思い詰めすぎて起こした胃痙攣。
それがストレス性だと診断されて、当たり前だが理由を聞かれた。
そこで本当のことを言うわけにもいかず、脳内でストレスと言えそうな事がないかを列挙していたつもりだったのが、口に出していたらしい。
(ネット内の)ストーカーや、定期的にかかってくる無言ではぁはぁ言っている変態電話。
アーサー自身は自分は男なのだからたいした問題ではないしと思っていたわけなのだが、バイルシュミット課長補佐に言わせれば、それはとてもたいした問題ならしかった。
そう、自分が保護しなければならないと思う程度には。
一応、家を買ったのには理由はあるらしい。
その時住んでいたマンションは会社に通うことに重点を置いて利便性を追求しすぎて、生活という面で言うと少しばかり不便を感じていたのだそうだ。
確かにたいそう立派なマンションではあったが近所にレストランはあっても自炊するための食材などの買い物できそうな所がなく、そういう意味では不便なのかもしれない。
ということで、ビジネス街のど真ん中だったそのマンションから駅で一駅先の住宅もわりあいとある地域に一軒家を買うことにしたらしい。
そんなものを不便だからとポンと買ってしまうあたりが普通じゃない。
本人いわく、会社の給与も能力給なのでそこそこ良いが、それより副業で稼いでいるらしい。
出来る男はどこまでも出来るんだな…と、アーサーはもう関心を通り越して呆れかえったわけなのだが……
そして持ちあがる同居話。
──買ったは良いが広すぎてなぁ……
などと、必死に不便で狭くてもマイホームと頑張っている庶民に刺されそうな台詞をのたまわる課長補佐。
「…はあ…そうですか」
他に何を言えば良いのかわからず曖昧に相槌を打つと、いきなり言われた。
──な、アルト一緒に暮らさないか?
…と。
唐突すぎて呆然としていると、
「俺様もまだ仕事忙しくて引っ越してねえから、どうせなら2人でまた3日くらい有休とるか…」
などと、話が勝手に進んでいる。
「ちょっと待って下さいっ!!」
と、引きとめなければ、5分後には有休の手続きが完了していた気がする。
…いや、最終的には完了されてしまったわけだが……
「なんで広さとか考えずに買っちゃうんですかっ?!」
と、まず突っ込みをいれると、
「あ~…立地が良かったから?
あと実家だといつも捨て猫拾ったりしてたからな。
最終的には譲渡先見つけるけど、しばらくは自分ちで面倒見ることになるし…
マンションだとそれが出来ねえだろ。
捨て猫とか放置すんの、すげえストレスたまるんだよな…」
常に完璧に論理的だと思っていた上司のわけのわからない一面を覗く事に……
捨て猫を一時保護するために一軒家?
その保護欲は人間のみならず、動物にまで向かうのか……
と、もうそこは突っ込んでもどうしようもない気がして、アーサーは次の疑問を口にする。
「…広すぎて同居人が欲しいってことなら、俺みたいな成人男子より綺麗なお姉さんでもお誘いすればいいんじゃ?
バイルシュミット課長補佐が同居人なんて募集したら、独身の女性社員の半数は立候補してくると思いますが…」
「綺麗なお姉さんはな、気軽にお誘いしたらやばいだろ?
同居人じゃすまねえ。一生責任取らされる。
ついでに…本田課長でも嫌がらせの嵐だったのに、異性なんて同居人にしたら、そいつ嫌がらせで病むぞ?」
「そこをお守りするのが課長補佐では?」
「…恋人ならな」
「…俺は嫌がらせされてもいいんですか?」
男の課長でも嫌がらせをされるということは、自分だってそうされる可能性はあるだろう。
そう思って言うと、課長補佐はきっぱり
「俺様が守ってやるから」
「ついさっきと言ってる事が違いませんか?」
「あ~恋人じゃねえけど、愛息子だし?
そもそもが、お前なら仕事の関係でいつも俺様と一緒だから、嫌がらせする隙がないだろ」
なるほどっ、そこかっ!!!
いきなり自分が同居人候補に選ばれた理由にすとんと納得してしまった。
自分は課長補佐の隣で課長補佐にふられた仕事をしていて、ほぼ一緒なので、手がだしようがないのは確かだ。
なるほどなるほど…と、感心してしまったのがまずかった。
「じゃ、そういうことで、今の仕事の区切りは今日付くから、明日、明後日、明々後日、と3日有休、土日入れて5連休で引っ越しするからな」
と、異議を申し立てる間もなく、休暇申請の書類を取りに行かれてしまった。
そして…一度何故か了承した形になってしまったものを取り消す勇気もなく、翌日の今日、とりあえず最低限必要な私物の荷造りをして、新居で荷ほどきをしているというわけなのである。
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