寝落ちる直前あたりから全く記憶がない。
なので事情を聞こうと口を開くと、課長補佐は、おや?というように少し目を見張ると、次に
「全然覚えてねえのか?」
と、苦笑した。
と、それに対して正直に告げると、課長補佐は
「ん~。確かに途中うとうとしてたな」
と、言いながら、ベッドに座ったまま食べられるようにサイドテーブルを設置して、その上にテキパキと朝食を並べて行く。
「お前は可哀想だけど当分はコーヒーとか紅茶とか禁止な。
これからしばらく温かい飲み物はホットミルク淹れてやるから」
と、自分用のコーヒーの入ったマグカップはベッドサイドの椅子に座る自分用にテーブルの端に置き、もう一つのホットミルクの入ったマグカップを課長補佐がアーサーの前に置いてくれたところで、その言葉にあれ?っと思った。
「淹れてやるって…」
「おう」
「課長補佐が?」
「おうよっ」
「毎日」
「ああ」
「………」
「………」
「………」
「…なんだよ?」
と、いぶかしげに聞かれた。
いぶかしげな顔をしたいのはアーサーの方だ。
「毎日って…会社でですか?」
そう、そこだ。
今日は確かに寝落ちて泊めてもらったようだから、朝食時にこうして淹れてくれたのはわかるが、普段は無理だろう。
まさか自宅までホットミルクをいれにだけ来てくれるわけではないだろうし…会社も一応給湯室があるにはあるが、あそこでミルクを温めている人間を見たことはない。
…まあ、できなくはないだろうが……
そんな気持ちを思い切り込めた問いかけだったのだが、
「お前、これから3日間、休暇な。
俺様も有給取った。
で、昨日話した通り、お前1人暮らしだって言うし病人放置も俺様がすげえ気になるから、その間はお前はここで療養。
で、同じく昨日話した通り、最低限の下着は俺様いつも新品を常備してるからそれ使って、パジャマはデカイかもしれねえけど、俺様ので我慢しとけ。
それから……」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」
ぜんっぜん覚えがない間になんだかすごい話になっている気がして、アーサーは慌ててストップをかけた。
「いつそんな話になったんですっ?!!」
「いつって…昨日そういう話しただろ?」
…マジか……
アーサーは思わず頭を抱えた。
ありえない…いくらなんでもありえないだろう…どうしよう…と思っていると、そんなアーサーを見て
「…そんなに嫌か?」
と、課長補佐が珍しく眉尻をさげて少し悲しそうな顔をした。
イケメンすぎる相手だと、そんな表情すら俳優のようにカッコいいわけだが、善意で全てをやってくれている人に申し訳ない気がする。
「いえ…そうじゃなくて……」
と、アーサーはなるべく正確なところを伝えようと、言葉を選んで口を開いた。
「なんというか…申し訳なくて?
もう学生とかじゃなくて、先生と生徒とかでもないのに、ここまで迷惑かけて保護してもらうとか、ありえないなと……」
正直、学生の頃だってここまで他人様に迷惑をかけた事はなかったので、どうして良いのかわからない。
迷惑をかけすぎている現状に困っているのだと、それが伝わればいいなと思って言うと、課長補佐はホッとしたように緊張を解いて、また、アーサーの頭をくしゃくしゃとなでた。
「なんだ、そんなことかよ。
あのな、1年目の新人と上司で実質教育係も兼ねている人間だからな?
さらに俺様の方が自分でこいつを育てようと思って取った人材だ。
別にこのくらい迷惑じゃねえよ。
むしろ自宅に帰られた方が無事か気になって他の事が手につかねえから、どっちかってえと俺様の方の都合だ。
安心して世話焼かれとけ」
正直…ここまで他人どころか親族にすら親切にされた事がなかったから、感動した。
礼を言って消化に良いようにと用意された美味しい朝食を食べて、ホットミルクも飲んで、食器を片づけに部屋を出る課長補佐を見送って思う。
そう言えば…誰かに甘やかされてみたくてオンラインゲームを始めたんだよな……
と、そう思って、そこで気づいた。
ダメだっ!!
そう言えば俺、課長補佐にネカマやってた事をバレないように、プライベートは極力距離を置かないとだろうがっ!!
気づいた時には後の祭り…今更、断れない。
こうなったら、3日間、気合いと根性で乗り切るしかない。
アーサーは不安を抱えながら、課長補佐との3日間の同居生活を送る覚悟を決めたのだった。
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