胃痛がようやくおさまって心身ともに疲れていたのだろう。
撫でられる心地よさについうとうとしかけていたアーサーはその言葉に反射的に頷いた。
そんな質問に答えるよりは今は眠ってしまいたい…そんな欲に支配されかけている。
それはもう強烈な眠気で…その後まだ課長補佐は何か言っているのだが、どうしても頭に入って来ない。
コテンと抱き寄せられた課長補佐の肩に頭を預けると、頭上で苦笑された気がしたが、もう瞼が開かない。
ストンと意識が落ちて行った…
そして次に感じたのは温かなぬくもり…。
…温かい…気持ち良い…
何か包まれている感が心地よくて、アーサーはすりりとその温かい何かに頬を擦りつけた。
するとゆっくりと頭を撫でられて、それが気持ち良くて思わず笑みが浮かんでしまう。
しばらくそんな感じでまどろんでいたが、やがて頭を撫でる手が止まり、温かさが離れて行く感覚にハッとして現実に戻った。
(…あれ?そう言えば俺、何してたんだっけ?)
そう思っておそるおそる瞼を開ければ、ベッドを出ようとベッドの端に座った背中が目に入った。
身につけている黒いTシャツの上からでもわかる見事な筋肉。
そして…綺麗な銀色の髪…
え?ええっ?!!!!
意識が一気に覚醒した。
そうだ!確か胃痙攣を起こして課長補佐の自宅に招かれて事情を聞かれて…聞かれて??
もしかして、そのまま寝てしまったのかっ!!!!
そう気づくとアーサーは真っ青になった。
あり得ないっ!他人様の家で爆睡してしまったっ!!!
「申し訳ありませんっ!!!」
がばっと一気に飛び起きたアーサーに──おう、起きたか──と、振り向いた課長補佐は、それがごくごく当たり前のように
「朝飯作ってくるから、もう少し寝てろ。まだ体辛いだろ」
と言う。
え?え?ええ?!!!!
何?何が起こっている?!!!
驚くばかりで状況も掴めず言葉もなく、ひたすら目を白黒させるしか出来ないアーサーに構うことなく、課長補佐はそのままベッドを抜け出て、部屋から出て行ってしまった。
パタン…と閉まるドア。
ベッドの頭上にある棚に置かれた時計を見ると、朝の5時。
アーサーが普段寝ている時間に目が覚めたのは単に寝るのが早かったからだと思うが、課長補佐はいつもこんな朝早く起きているのだろうか…。
一瞬そんな事を思うが、とりあえずあまりに自然に接して来られてしまったので聞きそびれたが、一体何がどうなっているのだろう??
よくよく状況を観察してみると、確かスーツで会社に行って病院に運び込まれて、この家に招かれた時にはそのままの格好だったはずなのだが、今は何故かパジャマを着ている。
ぶかぶかのパジャマ…
そう、何故か、ではない。
確実に課長補佐のパジャマなのだろうし、寝落ちてしまったアーサーを着替えさせてくれたのだろう。
それでも起きなかった自分にアーサーは半分呆れかえった。
自分でも呆れるくらいなのだから、課長補佐だって呆れただろう。
…というか…寝落ちてしまったのもそうなのだが、そうやって状況が把握できて改めて考えると、自分は起きる前に何をしてた…?
温かいモノに包まれているのが心地よくて、何かに頬をすりつけていた気がするが、もしかして…いや、もしかしなくても、あれは課長補佐の胸元か何かだったのではないだろうか…
やらかしたーー!!!!!
もうダメだ!ネカマがバレるとかそれ以前に、リアルではっきりやらかしたっ!!
絶望感と恥ずかしさがごっちゃになって、アーサーがベッドでのたうちまわっていると、開くドア。
「ちょっ!!どうしたっ?!!また胃が痛んできたかっ?!!!」
と、焦って駆け寄ってくる課長補佐。
そして、突っ伏している体勢を起こして顔を覗きこまれたら、もう恥ずかしさに顔から火が出そうなくらいに真っ赤になった。
そうしたら、今度は、
「熱っ?!!熱が出て来たかっ?!!!」
と言いつつ、秀麗な顔が近づいて来て、動揺のあまり不覚にもポロポロと涙が出てくる。
そのまま焦点が定まらないレベルに綺麗な紅い眼が見えて、気を失いかけるも、コツン…と、軽くぶつかる額に、かろうじて意識を保った。
次に離れて行く顔…
そして、
──熱くはねえんだけど…病院行った方がいいか…?
と、首をかしげて呟く課長補佐に、それが額で熱を測るためだったと気づいて、ほっと息を吐きだした。
「…ちが…熱じゃなくて…。
単に…俺、寝ぼけて変な行動とったから……」
と、ふるふると首を横に振ると、課長補佐は不思議そうに目をぱちくりさせる。
「…あの…たぶん…おれ、課長補佐に頭擦りつけてた気が……」
「あ~!あれかっ!!」
アーサーの告白に、課長補佐は小さく笑った。
「なんだか子どもや小動物みてえな事してんなぁと思ったけど…
気にすんなっ!うちでは弟や小動物の面倒見てたし、慣れてっから。
それより、体調大丈夫か?」
くしゃりとまた大きく温かい手がアーサーの頭を撫でる。
単純なのだが、それでなんだか子どものように相手に許容されている気分になってしまう。
だから少し緊張も和らいで、アーサーはようやく状況を聞く余裕が出来て来て、聞いた。
「あの、俺、どうしてここに?」
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