ギルベルトはその夜は正直浮かれていた。
なにしろすごい偶然で自分の側だけお姫さんのリアルの姿を知ってしまってからだいぶたつ。
そしてリアルで見た姿や雰囲気がまた、好みのど真ん中。
無理に迫るつもりはないが、せめてお友達からでも始められればと思いつつ、リアルの姿を見てしまったことで怯えられてネットでまで距離が出来てはつらいと、何も告げられないまま悶々とすごしていたところに持ちあがった男性化粧品のモデルの依頼だった。
自分の方が姿を晒して相手が気づいてくれるのが理想だと思っていたところだったので、普段ならもう少し考えるところを二つ返事で引き受けて、あとはそのポスターでさりげなくリアルの自分の姿を見てもらえば、あの日、お姫さんを助けた男が自分だとわかってもらえるだろう。
そんなまるでおとぎ話のようにドラマティックな展開は、現実主義者なくせにこと恋愛に関してだけはロマンティストなギルベルトの心を高揚させた。
そうしてウキウキしながら夜、お姫さんのログイン時間を待つ。
今日はノアノアこと本田課長はエリザに今後の予定の相談を兼ねてと言われて、社内で軽い打ち合わせをしたあとに広報部の数人と食事予定でログインが若干遅くなる。
だから話す時間はあるはずだ。
そんな事を考えながらログインすると、お姫さんはすでにインしていて、ギルドハウスの部屋で育てているという植物達に水をやっていると言う事だった。
そんな話を聞くだけでギルベルトの脳内に、“あの”お姫さんが可愛らしい鼻歌交じりに綺麗な花々に水をやっている光景が目に浮かぶ。
願わくば…いつかその横に自分が居たい。
そんな幸せな未来を想像しながら、ギルベルトはノアノアが今日、ログインが遅れるであろうことを告げて、話しやすいように先にパーティだけ組んでそれぞれやりたい事をやって待っていようと提案する。
こうしてお姫さんはどうやら部屋でそのまま植物の水やりや合成をするということなので、ギルは話す事をまとめることに集中する事にした。
さて、どう話し始めるかと思っていたところで、お姫さんが
──ノアノアさんがリアル事情で遅れるって珍しいですねぇ…
と話し始めたので、これだっ!と思って、ノアノアが新規事業の打ち合わせで遅くなるという話から、自分がその新規事業である男性用化粧品のモデルをやることになったのだ、と、実に自然な流れで説明を出来たと思ったところで、ハプニング。
なんとお姫さんが体調不良だということで、即落ちをしてしまったのだ。
挨拶もなしのほぼ即落ち。
よほど急に体調が悪くなったのだろうか……
こういう時、ゲーム内以外での連絡方法が全くないというのがはがゆい。
一体どんな状況なのだろうか…
確かに季節の変わり目なので、体調を崩す人間も多いので心配だ。
今でこそあんなムキムキに育った弟は実は幼い頃は喘息持ちで、この季節はよく発作を起こしていた。
忙しい親に代わってそんな弟の面倒をよく見ていたので、ギルベルトは結構看病慣れしている。
だから…もしリアルでも知り合いで、それこそ恋人とかになれていたなら、すぐ駆けつけて看病をしてやれるのに…と、思う。
だが実際は住んでいる所どころか連絡先すら知らないので、心配をする事しか出来ない。
やがてノアノアがログインしてきたが、事情を話して自分も落ちた。
どう考えたってお姫さんがどこかで体調不良で苦しんでいるのに、楽しくゲームをできるわけがない。
その夜は本当に心配で眠る事が出来ず、気がつけば夜が明けていた。
しかし例え全く眠れなかったとしても会社には行かねばならない。
ギルベルトは重い頭をすっきりさせるため、やや長めにシャワーを浴びて、睡眠が取れてないならせめてと、食事はしっかりと摂って、いつもよりは若干遅い時間に家を出た。
普段なら電車を使うところなのだが、時間的に余裕があまりないので、万が一を考えて車での出勤だ。
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