ずっと恵まれているとは言えない人生だった。
運も要領もよろしくない、幸せともどこか遠い…そんな日々を送っていたアーサーだったが、ここ2年ほど…正確には例のネットゲームと会社関係は非常に幸運な人生を送れていると思っていた。
それが根底から崩れ落ちた…
知って良かったのか悪かったのか…
もうこうなってはよくわからない。
だが、もう事実は事実である。
今、はやりのオンラインゲーム【レジェンド・オブ・イルヴィス】のメイン竜騎士のギル…
ゲーム内で最初のストーカーとなったギルドマスターからアーサーのキャラであるアリアを救いだしてくれ、それからずっと助けてくれていた兄貴系キャラクタ…。
その中の人は、なんとアーサーの直属の上司、ギルベルト・バイルシュミット課長補佐だったのだ。
それはアーサーが入社して2カ月ほど経って、会社にもだいぶ慣れた頃だった。
バイルシュミット課長補佐は仕事で広報企画部に出向いていて不在。
その間に書類を作成していたアーサーに、
「カークランドさん、お仕事の関係の事で確認を取りたいのですが、少しお時間よろしいですか?」
と、本田課長が珍しく直接仕事について話しかけて来た。
よろしいですかも何も、今作成中の書類は後にバイルシュミット課長補佐が必要になるだろうと見当をつけて、アーサーが半自主的に作成しているものなので、課長の要件を断るような理由もない。
「はい。大丈夫です」
と、文字を打つ手を止め、しっかりと書類をセーブして閉じると、アーサーは話を聞く体制に入った。
そこでまず、お茶淹れますねぇ…と、新人からするととてつもなく偉い人なはずの本田課長は、あまりにナチュラルに2つの湯呑にお茶を淹れて、一つをアーサーに差し出してくれる。
そこで初めて自分の方が淹れるべきだったと青くなるアーサーだが、本田は──私、お茶は自分の好きな茶葉で好きなように飲みたい派なんですよ~。だからお気になさらず──と、ホロホロと笑う。
のんびりまったりした雰囲気で、相手から緊張感と言う文字を根こそぎ奪い取ってしまう人だとアーサーは感心する。
そして課長は自分で淹れた日本茶をずず~っと一口。
そして、ああ、美味しい…と、ほぉっと息をつく。
そんなさまは、なんだか縁側でお茶を楽しむ老人のようで、バイルシュミット課長補佐がいつも彼をジジイと呼ぶのが、なんだか良い意味でわかる気がする。
本当に“おじいちゃん”といる時の孫みたいな気分だ。
人見知りのアーサーでもそんな風に緊張することなく、話を待っていると、彼の口からは意外な言葉が零れ落ちる。
「カークランドさんは、顔出ししても大丈夫な方ですか?」
「は?顔出し…ですか?」
意味がよくわからなくて首をかしげると、本田はにっこりと微笑んだ。
「実はね、今回わが社で男性用化粧品を扱うことになりまして。
元々はロズプリの役者さん御用達のメーカーさんだったんですが、事業拡張ということで、一般向けにもと言うことになったらしいんですね。
それでどうせなら本職のモデルさんじゃなく、本当の一般人のわが社の社員を使いましょうということで、今、バイルシュミット課長補佐がモデル候補として呼ばれてるんですけどね…」
なるほど。
そう言えばアーサーが就職活動の時に配布されていたパンフレットにも、社内説明で仕事中の課長補佐の写真が大きく載っていた。
あれだけの美形だ。
プロのモデルと言われても納得する。
だからそういう時にはまず呼ばれるのだろう。
「まあ…そこらのモデルよりもイケメンですけどね、課長補佐」
と、それに頷きながら、しかし全く解決しない疑問に、アーサーは、それで?と先を促した。
そこで本田は話を続ける。
「コンセプトはね、『カッコいいのは当たり前、美人、可愛いも演じられる男へ』なんだそうです」
「はあ…」
「ということでね、真中の“美人”の部分は本職のロズプリの役者さんにお願いして、“カッコいい”は課長補佐がね、担当するわけなんですが…」
「なるほど」
ロズプリの役者ということは、この話はフェリも知っているんだろうか…。
今日の夜にでも聞いてみようか…
などとぼ~っと聞いていたが、やがて本田の口から飛んでもない話が飛び出した。
「それでね、“可愛い”の部分をね、カークランドさんにお願いしようという話がでてるんですよ」
「はああ~~~?!!!!!」
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