まさにぱっとしない茂部太郎の人生を象徴するように…
だが、そのうっとおしい雨が彼の人生を好転させることになるというのが、世の中の面白いところである。
雨の中、入口で傘をいれるビニールをもらってそれに傘をいれてから受付に行った茂部太郎だったが、同じような若い青年が何人も受付で手続きを待っていた。
そのいずれもが、さすがにこんな大手の人気企業だけあって自分と比べるのも申し訳ないレベルの優秀な学生に見える。
なので、初っ端から気後れをしつつ、茂部太郎は受付をすませると、面接会場の2階に向かうエスカレータに乗った。
広いスペース。
ピカピカに磨き抜かれた床に、吹き抜けの高い天井。
こんな立派なビルで働く自分と言うのは本当にイメージできないな…と、そんな事を思いながら、茂部太郎はキョロキョロと物珍しげに周りを見回して……滑った!
つるつるの床で、さらに雨が降っていたことで靴の裏が濡れていたせいだろう。
見事なまでにすっころんで、したたかに腰を打つ。
……だけなら良かったのだが、濡れた床についた尻の部分は地味に濡れて汚れ、数年ロクな手入れもせずにタンスに放り込んでいたのが悪かったのか、思い切り転んだ拍子にスーツの前ボタンが一つふっとんだ気がする。
恥ずかしいっ!!
エリート達がみっともなく床に尻もちをついたままの自分を遠目に笑っているのがわかって、まず感じたのがそれで…その後、服の惨状を思って、もう面接はダメだ…と、途方にくれて泣きそうになった。
そもそもが、自分みたいなモブ中のモブが、こんな大企業の最終面接に来れたのが何かの間違いだったのだ…そう思ってみても恥ずかしくて悲しくて、顔をあげることすらできない。
消えたい…人ごみにまぎれて認識されない、いつもの自分に戻りたい…と、強く強く思いながら、茂部太郎が唇を噛みしめたその時だった。
…天使が舞い降りた……
──大丈夫ですか?立てますか?
と、上から降ってくる声に顔をあげると、驚くほど綺麗なメロンキャンディのようにまるく澄んだグリーンアイに視線がぶつかる。
そして差し出される綺麗な白い手。
一瞬いま何故ここにいるのかを忘れた。
だって、同じ就活生には見えない。
世の中には絶対に埋没しないレベルの美しい人間というのもいるんだと思う。
ただ容姿が整っているだけではない。
オーラがある。
そのどこか清らかな雰囲気と、さらにこんな状況での優しい対応。
天使かっ…と、正直思った。
同じ就活生だとしたら、たとえ冴えないモブの茂部太郎でもライバルには変わりがないだろうに、優しく助け起こしてくれただけでなく、綺麗な薔薇の刺繍のしてある真っ白なハンカチが汚れるのも構わず茂部太郎のスーツの汚れを丁寧に拭いて、何故か持っている携帯しみ抜きで汚れを落として、飛んだボタンまで拾ってソーイングセットを出して縫いつけてくれた。
そして全てを終えると、それを恩に着せる事もなく、名も告げず、
「それじゃ、俺の待合室はこちらのようなので。
お互い受かると良いですね」
と、ふわりと笑みを残して待合室の一つに入って行く。
ロクにお礼も言えずに見送ってしまった…。
しばらく天使が消えた待合室のドアをぼ~っと眺めて突っ立っていたが、やがて廊下のど真ん中で通行の邪魔になっていることにきづいて、茂部太郎も慌てて提示されていた自分の待合室に入って行った。
その後…天使の御利益だったのだろうか…茂部太郎は最終面接で何故か女神様に気に入られて、ワールド商事でも花形部署の一つ、広報企画部に入ることになるのである。
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