その社員の座となれば、就活生垂涎の狭き門。
宝くじのような…とまではいかないまでも、かなり無理めの倍率の中を勝ち抜いて入社出来た日には、世間的には超エリートだ。
華々しい人材の中にひっそりと紛れこむ事が出来た、生粋のモブがここに1人……
彼の名は、茂部太郎…
名は体を表すとはよくいったもので、これまでの彼の人生はモブそのもの。
幼稚園の演奏会ではタンポポ組のアイドルありさちゃんと一緒に木琴をたたく幸運な主人公的な少年…の後ろの大勢に混じってハーモニカを吹き、
小学校の学芸会のオズの魔法使いでは大役、強力な魔力を持つ魔女…がドロシーの家に潰された時に家の下から見える魔女の足の役を立派にやり遂げ、
中高ではバレンタインデーにクラスの女子に大人気のイケメン…に渡す本命チョコのついでに用意したらしい男子全員に配られている義理チョコを貰い、
近隣でも1位2位を争う名門私立大学…の近くの馬鹿でもなく賢くもない大学に入学して、その後の成績も平均的というくらいのモブっぷりだ。
だからてっきりこのままそこらに山とある中規模の会社に入って、モブ人生を全うするものだと誰もが思っていたのだが、人生には思わぬ大逆転が潜んでいたりすることがあるのである。
きっかけはささいなことだった。
たまたま講義で隣り合わせた学生が、茂部とは逆の隣の学生と、ワールド商事に記念受験ならぬ記念就活をすると話していたのだ。
それを聞いて、おお、面白いな…と、思った。
確かに新卒としての就活は一度きりである。
まず受からないだろうが、どうせなら1社くらい、有名企業の募集というものがどんなものなのか、経験してみても楽しいだろう。
そんなことを思って募集にエントリーした。
そこからは何が起こったのかわからない。
少なくともワールド商事は出身大学で振り分けたりはしない会社だったらしい。
2流大学でごくごく平凡な成績の、これといって特出したものはないように思われる茂部が、何故か最終面接まで残ってしまったのだ。
元々落ちるつもりでエントリーしてみたものの、そうなればモブ気質の彼でも欲はわく。
外資なので他の企業より1年近く早い面接。
それに行ける日がくるなんてことは思ってもみなかったので、スーツも3年前、大学に入学した時に買ったものがあるのみだ。
それをタンスの奥から引っ張りだす。
ロクな手入れもせずにタンスに適当に放り込んでいたのだが、なんとか着られそうだ。
そうして颯爽とまではいかなくとも、なんとかかんとか指定された日時にそれを着こんで、モブ中のモブの茂部太郎は、憧れのワールド商事の本社ビルに乗り込んだのであった。
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