「今日は狩りの前、30分ほどミアさんのヘルプしてくるので、少し遅くなりま~す」
と、お姫さんが言う。
それでも否とは言えない。
言う権利があるわけではない。
「…私も別の方のクエストのヘルプなんですが、あなたもいらっしゃいますか?」
と、ノアノアこと本田が気を使って誘ってくれるが、そんな気分でもなくて、それを丁重に断って、ギルベルトはキャラをギルドハウスの部屋に放置して、リアルで雑誌をめくって時間を潰した。
本田はとても空気を読む事に長けている人間なので、ギルベルトの機嫌の悪さに気づいたのだろうが、それにしても、気づかれる程度には表に出ていたことは反省すべきだ。
これは娯楽なのだから、不機嫌さを出すくらいならやるべきではない。
最近の自分は本当に子供じみている。
…経済誌を読んでいるうちに少し冷静になって、2人が戻ったら謝罪しようと思ったわけなのだが、約束の30分後、戻って来たのはノアノアだけだった。
几帳面なお姫さんにしては珍しいと思っていると、10分後…
「遅れてごめんなさいっ!」
と、走ってくるお姫さんの頭には花冠。
可愛いが何故?と思っていると、ノアノアも気になったらしく
「可愛らしい冠をかぶっていらっしゃいますね」
と、さりげなく話を振った。
「あ…これですか…」
と、お姫さんの手がさらさらの金色の髪を彩る冠に触れる。
そして出て来た話は、
「実は戻る途中でフレンドさんの1人から蘇生をお願いされまして…。
ちょっと位置がわからなくて迷ってしまって時間を取ってしまったんですけど、なんとか蘇生したら、わざわざ足を運んでもらったお礼にって頂いたんです」
という、実にお姫さんらしいエピソードだ。
普段なら──お姫さんらしいな…で、終わるところなのだが、その日は日中の事もあってイライラしていたのだと思う。
たかだか10分とはいえ、自分との約束の時間よりも他のフレンドの頼みを優先したアリアにひどく腹がたったし、約束のあるアリアを引き留めたそのフレンドが寄越した花冠を大切そうにかぶっていることにもムカついた。
「…今日はなんだか気分がのんねえし、狩りはやめとくわ」
と、そのタイミングで言ったら絶対に不機嫌さなど気づかれるのはわかっていても、止められなかった。
「え……」
と、呆然とするアリア。
一瞬固まって、しかしすぐ駆け寄って来た。
「あの…ギルさん、遅れてしまってごめんなさい」
と言ったのは、飽くまで不機嫌な原因は遅刻したことだと思っているのだろう。
しかしそうじゃないのだが、そうじゃないとも言えず
「別に。10分かそこらだろ」
と言うが、当然それで納得できるわけではない。
「だって…遅刻は遅刻ですし…」
「謝ったんならそれでいいんじゃね?」
「でもギルさん、怒ってますよね」
「怒ってねえよっ」
「ほら、怒ってる。いつもより語調が荒いです」
「他人のこと言えねえだろっ」
「え?私そんな荒い言い方しませんよ。優しいでしょ?」
「誰にでもなっ!!」
と、勢いで言ってしまってから、しまったっ!!と、ギルベルトはリアルで舌打ちをした。
ああ…みっともねえっ!!
とすぐ後悔したが、流してしまった文字は消すことはできない。
さぞや呆れただろうと思うと、しばらくディスプレイを見る事ができなかったが、いつまでもスルーしているわけにもいかず、再度画面に目をやると、流れる文字列が目に入ってくる。
「…ごめんなさい……。
別に他を優先してたとかじゃなくて…ギルさんいつも優しいから、ギルさんなら許してくれるかなって勝手に思って、他のお願い引き受けちゃいました。
先にお約束してたのに、見境いなくて…嫌になりましたよね……」
もう画面上のキャラなのに、しょぼんとしょげかえってるのが手にとるようにわかってしまう。
ああ、違う。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
「悪いっ!!今のなしっ!!
お姫さんが悪いわけじゃねえんだ。
今日ちょっと仕事でイラっとすることがあって、それ引きずってたんだ。
もともと機嫌が悪くて八つ当たってた。
ほんと、ごめんな?」
特別に気を許していたから、甘えてしまっていた…
そんなことを聞いたら、なんとも現金なもので、不機嫌さなんて一気に飛んで行ってしまった。
「まあでもちと疲れてるんで、ヘビーな狩りじゃなくて、のんびり溜まってるクエストこなすとかにしねえ?」
と、言うと、ノアノアもアリアもほっとしたように頷く。
こうしてその日は無事クエスト日になったわけだが、秘かに髪留めを落とすレアモンスターがポップする場所の側のクエストとかもその中に入れて、羽根のついた髪飾りをゲットしてプレゼント。
もちろんその場で例の花冠を外してつけさせるなんて事もさりげなくしたわけなのだが…
不機嫌ではなくなったからといって、独占欲がおさまるかというと、そういうわけではないのである。
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