と、部署内でも綺麗どころとして名高いお姉さま達が、にこやかにメニューを差し出してくれている。
なので主役と言えば主役なのだが、他にも3名ほどいる同僚の新人を差しおいて、特に人気のある女性陣が全てこちらに来てしまっているので、なかなか視線が痛い。
それでなくてもお姉さまがたには、他の同期達は名字なのに、アーサーだけ“アーサー君♪”と、語尾に音符マークでも付きそうな勢いで呼ばれているところにこれだ。
そういう目で見られるのも仕方がないと言えば仕方がない。
だが、アーサーに言わせれば、それはアーサーの隣にいるイケメンのせいなのだ。
決してアーサーのせいではない。
バイルシュミット課長補佐…
顔が良くてスタイルが良くて頭が良くてコミュ力が高くて、仕事もできるし、給与も良い。
さらに…一説によると非常に運動神経もよろしいだけではなく、料理も出来れば楽器も華麗に扱うらしいという完璧さだ。
そんな欠点がないのが欠点なんじゃないかと思ってしまうほど完璧な男が直属の上司で直属の部下だからという事で随分可愛がってもらっているので、彼の気を惹きたい、ちょっと自分に自信のある美女達は、彼が可愛がっているアーサーを可愛がる事で彼の寵愛を得ようとしているのだと思う。
──こいつは俺様が育ててる俺様の子だからな
なんて、まるで育児に勤しむシングルファザーのような事を日々言うので、お姉さま達が一緒に育てたいとか思ってしまっているだけなのだ。
たまに同期だけになるとそう弁明をするのだが、それでも、
──役得すぎだろ、ちきしょー!!
と、日々言われている。
本当にその件についてはとばっちりだ、と、日々思う。
そんな新入社員生活も半月ほど。
少し遅めの新人歓迎会の席のことである。
たぶん課長補佐はモテすぎて、女性陣の誘いを断るのが面倒なのだと思う。
今もそんな美女の誘いなど全く興味なさげにビールを飲みつつ、アーサーとは反対側の隣に座っている本田課長と談笑しているが、部下が下手に懐柔されて巻き込まれるのが嫌なのだろう。
片手にジョッキを持ったまま、
「飲ませすぎても困るし、アルトの分は俺様が頼むから放っておいてくれ」
と、お姉様がたの差し出すメニューをつ…と、もう片方の手の指先で制して言う。
しかし美女軍団はあきらめない。
それでは…と、
「ああ、なんだか確かにあんまりお酒飲ませたら危なそうだもんね、アーサー君。
じゃあ、ソフトドリンク頼む?」
と、さらに笑顔でメニューを差し出してくる。
だが、これは秘かに彼を不快にさせたらしい。
バイルシュミット課長補佐は
──…俺様が頼むからって……言ったよな?
と、やや声を低くして視線だけをそちらに向けた。
口元は笑っているが、目が笑っていない。
そして…凍りつくような冷やかな空気を醸し出すので、さすがにまずい空気を感じ取ったのだろう。
「じゃあ、もし何かあったら声をかけてね」
と、アーサーにひらひらと手を振って離れて行った。
正直いつも温かな笑みを浮かべているから気づかないが、完璧に整い過ぎたその容姿はそういう笑みを浮かべて居ないとひどくキツイ印象を与える。
機嫌のよろしくない課長補佐は怖い……
女性陣を寄せ付けるきっかけとなった自分の事も怒っているのだろうか……
そう思い始めると、乾杯のあとに課長補佐が選んでくれたビスコタ ホット チョコレートという名の甘いチョコレート味の温かいカクテルのグラスに添えていた両手が震えた。
ちびちびと飲んでいたそれはもうほぼ空だが、グラスはほんのりとまだ温かいのに、手が寒い気がする。
普通に悪意を向けられることに弱い上に相手は一番身近な上司だと思うと余計に恐ろしくて、泣きたい気分になった。
…もちろん、幼子ではなのだから、こんなところで泣くわけにはいかないが……
すると、手に軽く温かいものが触れる。
少し固い指先。
顔をあげると課長補佐が少し困ったように微笑んでいた。
「ごめんな。別にアルトに怒ってるわけじゃねえからな?
そんなに緊張しないでくれ」
そう言うと、彼はいつもするように、アーサーの手に触れていた手でくしゃくしゃとアーサーの頭を撫でる。
「お前、頭も良いし気も利くし仕事も覚えるの早いし色々一生懸命やる良い部下だからな。
こういう席に慣れるまでは酒で不都合が起きないように俺様がきちんとコントロールしてやりてえんだよ。
自分の限界とかわかるようになったら、別に自分で選ばせても、勧められるもん飲ませても良いんだけどな」
そんな言葉に力が抜けた。
気づけばいつもの課長補佐に戻っている。
ホッとして
「なんか怒らせて見捨てられて窓際にでも飛ばされるかと思いました」
と、冗談交じりに──実は半分本気で思っていたのだが…──言えば、
「んなわけねえだろ。
アルトは俺様が初めて面接で採用決めて、初めて1から手元で育てることにした俺様の子どもみてえなもんなんだから」
と、笑みをこぼす。
それを横で聞いていた本田課長が
「おやおや、あなたが5歳の時のお子さんですか?
そこはせめて弟でしょう?」
と、クスクスと笑いながら言うと、課長補佐は、そうだなぁ…と、じ~っとアーサーに視線を向けて、そして
「でもアルト、22に見えなくね?
スーツ着てなかったらどう見てもティーンズだろ」
とまた頭を撫でまわし、本田課長に
「それには同意ですが…ミドルティーンだとしても、あなた小学生じゃないですか。
やっぱりせいぜい年の離れた弟ですよ」
と、突っ込みをいれられた。
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