パタパタと軽い足音をたてて階段を駆け下りて来たミアの手には可愛らしい真っ白なワンピースとコート。
どこかで見たような?と考えるまでもなく、それは両方ミアが今来ている淡いピンクの服の色違いである。
「はいっ!!」
と差し出されて、
「え??」
と頭にハテナマークを浮かべた。
「これ、着て下さいねっ」
と、意味がわからずぽか~んとしていると、さらに言われて
「ええーーー?!!!!」
と、思わず後ずさる。
「これっ女性モノじゃっ?!俺、リアルは見ての通り男ですよ?!!」
と、わかりきっている事を口にすると、ミアは微塵も動じることなく、
「大丈夫っ!ミアも男だからっ!!」
と、高らかに宣言をした。
えええええーーーー?!!!!!!
驚きの絶叫。
顎が外れるかと思うくらいに大口を開けて叫ぶ。
そのアーサーの反応をミアは面白そうにクスクス笑いながら
「ほら、男でしょう?
本名はね、フェリシアーノって言うんだ。
フェリシアーノ・ヴァルガス。フェリだよっ。
でもこの格好をしている時はミアって呼んでね?」
と、服をまくりあげた。
それに一瞬ぎょっとして視線を反らせかけて…しかし可愛らしいシュミーズやブラまでまくりあげた中に見える胸は、貧乳と言うにも足りないくらいストン…と平らである。
「ちなみにね、下は女性に変装する用のインナー履いてるんだ」
と、恥じらう事もなく、天気の話でもするような軽いノリで言われて、ああ、そうなのか…と、今度は気恥かしさより好奇心が勝ってマジマジと観察してしまった。
言われてみれば…腹から腰の線などは、どことなく男性っぽい感じはする。
それでも、女性だと強く言われれば信じてしまうほどではあるが…
なにより可愛すぎる。
そこらにいる女性よりよほど美少女だ。
とりあえずアーサーが納得したところで、ミア…もといフェリはたくしあげていた服をおろした。
そして言う。
「えっとね、何故こういう格好してるのか、知りたいよね?」
と言われてアーサーがコクコクと頷くと、フェリシアーノはローテーブルの横のマガジンラックから一冊の雑誌を出して
「ローズプリンスオペラって知ってる?」
と、その雑誌を差し出した。
ローズプリンスオペラ…昔々、それこそ数百年以上の歴史を持つ男性のみの歌劇だ。
女性ファンが多く、アーサーも遥か昔、幼い頃に母に連れられて一度だけ観に行った事がある。
舞台の上で歌い踊る役者は全て男性。
あの妖精のように可憐なお姫様も男性なのよ?
と、説明されて、ずいぶん驚いたものだった。
「俺の家ね、その主演を張る役者の家系なの。
爺ちゃんはユリウス・ヴァルガスっていう、有名な男性役の役者でね。
婆ちゃんの家は女性役の家系だったんだけど、男の子が生まれなくて女の婆ちゃんしかいなかったから、爺ちゃんと婆ちゃんの次男、つまり俺の父が婆ちゃんの実家の女性役の家系を継ぐことになったんだ。
でもそれは芸事の面だけだから、戸籍上はヴァルガスね。
…つまり…ようは俺はローズプリンスオペラの女性役の家系の人間なの。
まあでも、俺も次男だから、家は継げないんだけどね。
継ぐのは兄ちゃん。
でも跡取りの兄ちゃんと違って主役ではないけど、小さい頃から女性役で舞台にも立ってるし、女性の仕草とか研究しろって言われて育ってたし、もともと可愛い格好とか嫌いじゃないしね。
プライベートでは極力こういう格好してるんだ」
「なるほど…。
フェリ…さんが女性の格好しているのはよくわかったけど…そこで何故俺に??」
そう、そこだ。
そういう事情だと普通の友人も作りにくいだろうし、男だろうと女だろうとフェリシアーノは外見上は絶世の美少女なので、それをエスコートしろと言われるならまだわかる。
しかし何故自分まで女装する必要がある?
そう思って訊ねると、フェリシアーノはにこっと微笑んで──この格好の時は“ミア”ね、と、訂正を入れたあと、当たり前のように続けた。
「えっとね、女の子同士で行くような場所に行きたいし?」
「…本当の女の子とじゃダメなんですか?」
「あ、2人きりの時は敬語じゃなくて良いよ?俺も普通にしゃべるし。
で、質問の答えね。
一応舞台ではすごく厚い化粧してるし、素顔を晒すことはないから知られてないけど、俺いちおう芸能人だし?
うちはロズプリの中では1,2位を争う名門の家なのね。
だから異性問題は困るんだ。
下手すると双方お友達のつもりが、結婚しないと困る事になりかねないから…
その点、“本当はいない女の子の友達”だったら安心でしょ?
それで誰かいないかなぁと思ってたんだけど、アリアちゃんてモテるのにあまり周りを利用しようとかしないし、俺がすごく周りにちやほやされてても、他の女性キャラの子達みたいに嫌がらせとかに走らずに仲良くしてくれたしね。
でも、俺は"女性を演じる事"に関してはプロだから、この子、なんか男の子なんじゃないかなぁって思ってたのね。
で、いつかリアルで一緒に女の子の友達同士を演じるのに付き合ってくれないかなぁって、ちょっと狙ってたんだ」
女装はさすがに抵抗がある。
あるのだが、目の前でにこにこ微笑むミアは愛らしくて、そんな愛らしいミアに特別な友達になって欲しいと言われればひどく惹かれてしまう。
──ね、俺プロだからさ、ちゃんと女の子に見えるようにお化粧とかもするから。
と言われて突っぱねるには、アーサーは人付き合いに飢え過ぎていたのだ。
こうしてあれよあれよと言う間にミアと色違いの可愛らしい服を着て、アーサーは再度、ここに来る時に乗って来た車に乗せられることになった。
そうして街へ繰り出した事が、彼のこれからの人生を大きく変えることになったのだった。
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