白姫

とある白姫の誕生秘話──天使の面接１

「ギルベルト君、今日はよろしくお願いしますね」

朝一でにこやかに言う本田。

それにギルベルトは自分よりも頭一つ分低い本田をくしゃくしゃ撫でまわしながら

「おう！とびきりの引っこ抜いて来るから、楽しみにしとけよ」

と、笑う。

ようやく残暑も遠のいてそろそろ秋を感じるようになった頃、ワールド商事では就職希望の大学三年生の面接が始まる。

外資系なので国内の企業より1年近く早いスタートだ。

ギルベルトは別に人事ではない。
だが、この会社では人事と共に人材が欲しい各部署の課長が同席して、自分の所に欲しい人材を物色するのが常なのだ。
しかしながら、正直本田はそういう場所が得意ではない。

新人が来ても面倒を見るのもどうせ自分ではない。

…ということで、おそらく直接的になるか間接的になるかは別にして、どちらにしても面倒を見ることになるのであろう、有能にして自分よりは遥かにコミュニケーション能力が高く人を見る目がありそうな課長補佐にその役割を一任したということなのである。

天気はあいにくの雨だが、人と接する事はわりあいと好きなギルベルトはやや機嫌が良い。

鼻歌交じりの部下に、本田は少しホッとした様子で

「最近、少し煮詰まっていらっしゃいましたよね。

機嫌は直りました？」

と、笑顔を向けた。

それにピタっと歌うのをやめて、ギルベルトは

「よく気づいたな。さすが爺」

と、驚いた顔をする。

確かにこのところ、ギルベルトはやや苛ついていた。

が、その原因はと言うとネットゲーム内のことだったりするので、さすがに表にだすわけにもいかない。

だから完璧に隠していたつもりだったのだが、コミュニケーションを取るのは苦手なくせに、他人の気持ちを察する事に関しては人一倍長けているこの童顔な上司は気づいていたらしい。

素直にその観察眼はすごいなとギルベルトは感心した。

ついでに…

「原因は”彼女”が万人に優しすぎる事…ですかね？」

というところまでバレているあたりは勘弁して欲しいところではあるが……

「あ～、その話は今度な。

面接に集中しねえと」

と、肩をすくめて小さく息を吐き出しながらかわすと、ギルベルトは

「んじゃ、学生イジメに行ってくら」

と、後ろ手に手を振ってフロアを出た。

吹き抜けになっている建物の２階から下を見下ろすと、受付のあたりにスーツを着た学生達の姿が見える。

いずれも緊張した面持ちで受付を済ませ、２階にある待合室につながるエスカレータへと向かっていた。

（さすがにまだヒヨヒヨしてんなぁ…）

と、ギルベルトは、その就活生達がカチンコチンになってぎこちない様子で続々と２階にあがってくるのをしばらく眺めていたが、雨に濡れた靴で滑ったのであろう。待合室までの廊下で１人の学生が盛大に転んでひっくり返った。

周りの学生は一瞬驚き、それからざわざわと遠巻きに見るか、もしくは苦笑している。

おまけに派手に転んだせいだろう。

スーツの前ボタンが一つすっ飛んでいる。

転んだ学生は呆然としたあとに、泣きそうになって俯いた。

（あ～、これは…フォローに入ってやらねえとダメか？）

と、さすがに思ってギルベルトは駆け寄りかけて、しかしすぐ足を止める。

転んだ学生から少し離れた人ごみの中、１人の学生が駆け寄って来て、

「大丈夫ですか？立てますか？」

と、手を差し出したからだ。

ギルベルト自身もそうだったのだが何年かスキップしたクチなのだろうか。

声をかけた側の学生は随分と幼い顔をしている。

小麦色の髪に大きく丸い、子猫を思わせるような淡いグリーンの目。

肌は透けるように真っ白で、小さな鼻や淡いピンクの唇は、成人済みの同性とはとても思えない。

瞬きをすればバサバサ音がするんじゃないだろうか、と、思われるほど濃く長い睫毛の上に鎮座する、ややコミカルなレベルでの太い眉を覗けば、少年と言うよりまるで少女のような容姿である。

就職活動というより、広報部が広告のモデルに呼んだんじゃないか？と思ってしまうほどだ。

そんな美少年…いや、ここに居ると言う事は幼く見えても大学３年生なのだから、美青年というべきか…に顔を覗きこまれて、ぼ～っとその愛らしい顔を見あげる学生。

それにちょっと不思議そうに小首をかしげる様子は、控えめに言っても天使だと思う。

その愛らしい青年は遠目に観察しているギルベルトに気づくことなく、真っ白なハンカチを出して、立ち上がった青年のスーツをパンパンと汚れを広げないように丁寧に拭いてやっている。

「ん。これで大丈夫かな。

色合いが濃いから汚れも目立たないし…あ……」

と、そこで青年のスーツのボタンが一つなくなっている事に気づいて、小さく眉を寄せた。

そして、とある方向で視線を止め

「ああ、良かった」

と微笑んで、その一点に向かって走り出していく。

戻った時、その手にはさきほど飛んだボタンが握られていた。

そして

「さっき飛んじゃったみたいですね。

スーツ脱いで貰って良いですか？ボタンつけますから」

と、言いながら、鞄の中からなんとソーイングセットを取りだすではないか。

（え？え？なに？この坊ちゃん？？女子力たけえ～～～！！）

ギルベルトは目を丸くして、廊下の端でちくちくボタンを縫いつける青年の様子に見入っていた。

「はい！できました」

と、ボタンがきっちりついたスーツを転んだ青年に返して、

「それじゃ、俺の待合室はこちらのようなので。

お互い受かると良いですね」

と、ふわりと笑みを残して待合室の一つに入って行った。

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