温泉旅行殺人事件_救出6

「心配性だな、兄さんは…」
氷川夫妻の離れへ向かう道々、ルートはそう言って苦笑した。

「俺が馬鹿な事でもするんじゃないかと、部屋にも返してくれない」
身代金の受け渡しを失敗した事によってフェリシアーノが行方不明なことで自分が滅入っててギルベルトが心配してる、そう相手に印象づける事が目的の一つでもあるため、ルートはそう補足した。

「まあ…彼もちょっと心配性かもだけど、今回はギルベルト君の心配はもっともだよ。
他人の僕たちですら心配だったわけだから」
雅之はルートの言葉に軽く彼の肩に手を置いて言う。


兄を心配して外をウロウロしてた時に慰めてくれたりしたのも全部嘘だったんだな…と思うと、あの時それが嬉しかっただけに少し滅入るルート。


「兄は…年齢こそ近いモノの俺を半分親代わりになって俺を育ててくれた人なので。
自分がボロボロの状態の時でもまず俺の事を心配するんです」

言ってて思わず笑いをこぼすルートに、雅之は少し笑みを浮かべて目を細めた。


「本当に…お互いすごく相手を好きなんだな、君達兄弟は」
と言って、少し足を止める。

「君が受け渡しから意識不明で戻った時に、丁度僕はギルベルト君に電話かけたんだけどね…彼は君が戻らなかった時に大事なお姫様を警察に預けてまで真っ先に君を捜しに行ったらしいよ。
君は君で自分の彼女が行方不明で自分も辛い時でもギルベルト君の心配してたしね。
うらやましいよ。
お互い…信頼しあって大事だと思える兄弟がいるってね、素晴らしい事だ…」

気のせいか寂しそうな笑みを浮かべてそう言うと、雅之はうつむく。


「なあ、ルート君、変な事なんだけど、きいていいかな?彼女さんの事なんだけど、」
核心くるか…と身構えたルートだったが、雅之の口から出たのは意外な言葉だった。

「もしも…彼女が無事戻って来たとして…ギルベルト君と浮気したら君はどうする?

「はあ??」
あまりに予測とかけ離れた質問に、ルートはぽか~んと口を開けて惚けた。

なんと答えればいいんだろうか…


「うーむ…」

何か今回の事と関係あるんだろうか…想像もつかない。

「まあ…ありえないというか…兄は俺に騙されても騙さない、裏切られても裏切らない男なので、本当にであり得ないが…万が一…もう天と地がひっくり返ったくらいの大異変でそんな事が起こったとしたら…浮気じゃなくて本気だと思うので…。もう諦めるかと…」

「諦めちゃうんだ?」
ルートの言葉は雅之の想像とかけ離れていたらしい。こちらも驚いたようにぽか~んとする。

「やっぱり…出来る男だから敵わないとか?」
と、聞き返してくる雅之に、ルートはまた苦笑すると首を振って否定した。

「いえ…兄は確かにスペック高いがすごいのはそこではなくて…自分が好意を持った相手はとことん大事にするとこなんです。
俺は恋人の事は当然好きで…大事にはしてるつもりですが、兄の恋人に対する態度見てたら全然で…。
フェリは損得勘定とかが欠落してるところがあって、もしフェリが俺より兄の方がと思ったとしたら、それはスペックの高さのせいではなくて、たぶんそういう所だから。

フェリは今俺の方が良いって言ってくれてつき合ってるが、もしスペックが同じだったとしても俺より兄の方が相手幸せにできる。かなわない。

まあでも、兄には命より大事な姫がいるので、フェリに限らず他に気がいくことはありえません」

何故そんな事を聞かれるのかわからないが、ルートはとりあえず真面目に答えておいた。
その答えに雅之は複雑な表情をうかべる。


「もう一つだけ…。ルート君は…ギルベルト君にコンプレックス感じたりはしないの?
彼は人並み外れた能力の持ち主みたいだけど」

「ああそんなのしょっちゅうです。
兄は見ての通りありえん美形で頭脳明晰、スポーツ万能。
俺と違って空気も読めて人望も厚く、俺が今生徒会長をやっているのも兄が惜しまれながらも自らその座を降りて俺に譲ったからで、俺は兄の補佐を受けてなお、いまだ人心を掌握できていない。
物ごころついてから、俺が兄を上回ったことなど、なにもありません」

コンプレックスはコンプレックスかもしれないが、ルートにとっては兄は物ごころついた頃から当たり前に敵う事はない優秀な先人だったので、少しでも近付こうと思いこそすれ、それをストレスに感じた事はない気がする。



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