事情聴取が終わって戻った一人きりの離れ。
和室2部屋に洋室1部屋のそこは、一人きりだと妙に広い。
ルートはとりあえず落ち着こうとお茶を一杯入れて口に含んだ。
そのまま湯のみを手に思考の海に沈み込む。
そのうち誰かがさらわれたのは今回をあわせて2件。
すごい確率だ。
あまりに非常識な殺人事件遭遇率に、あまりに非常識な誘拐回数。
もう現実味がなさすぎる。
探偵ものか何かの漫画の主人公並みのありえなさだ。
まあ…大抵そういう漫画では主人公の本当の周りは死なないわけで…なんとなく今回も死なない気がする。
この非常事態にそんな事を考えてしまっている自分が一番ありえないとは思うのだが…。
目の前に見えない、ありえない事態というのをどうもルートは感覚的に現実として実感できない質らしい。
そんな中でルートにとっての唯一の”現実”は、目の前にある兄の憔悴なわけで…。
正直…殺人事件のまっただ中に放り込まれようと、あの高校生どころか大人に交じってもあり得ないくらい優秀な兄が正常に機能してる分には何にも心配は要らないというのがルートの経験上からの判断だ。
今まで遭遇した2件の殺人事件は兄ギルベルトのおかげで解決したといっても過言ではない。
しかし、ありえないほど高い知能と身体能力の持ち主で、いつだって強くて完璧だと思ってきた兄の唯一にして致命的な弱点が、彼の恋人のアーサーである。
それまではふざけている時ですらまるで周りの低級さに合わせているのでは?とどこかで感じてしまうくらい、全てにおいてずば抜けて優れすぎて、やや人間味がかける印象のあった兄が、感情をあらわにして無条件に慈しみ、守り、愛おしむ存在。
それが今失われるかもしれないという状態で…兄は一気に憔悴している。
(自殺など…してないだろうな…)
さきほどフェリシアーノの祖父から身代金の話があったのもあって、その報告がてら電話してみたのだが…でない。
ここに来る原因となったのも、アーサーが行方不明になった時に兄がアーサーの側を離れる原因を作ったのも、原因は全てルート自身にある。
だから単に自分からの電話だから出ないという可能性もあるわけだが…
そんな事を思いながら繰り返し電話をかけると、ようやく繋がった。
しかも、
『どうした?ルッツ』
という声はいつもの冷静な兄の声で、拍子抜けする。
淡々と事情を聞く兄。
それにルートは心底ホッとした。
もう高校生でそこまで依存しているつもりはなかったのだが、自分は兄に育てられたようなものなので、彼に距離を置かれると親に見捨てられた子どものように非常に不安な気持ちになるようだ。
兄に会いたい…
ユートは上着を羽織って離れを出た。
そのまままっすぐギルベルトの離れへ。
一瞬ドアをノックしかけて、すぐその手を下ろした。
兄が…自分に会いたくはないと思っていたらどうしよう……。
さきほどの電話では特に変わった様子はなかったしバカバカしいとは思うが、自分の方がそうと思っていなくても相手に嫌われていたというのは、つい数カ月前に経験したばかりだ…。
早川和樹…兄の同級生で自分の先輩。
自分の方は兄以外で唯一くらいに気を許していた相手だが、彼の方は秘かに自分を嫌っていて、自分を陥れるためだけに犯罪を犯したくらいの相手である。
あれはきつかった。
フェリシアーノがいなければ発作的に自殺を試みているレベルだった。
誰よりも尊敬する兄にそんな風に嫌われたら、生きていける気がしない。
そう思うと途端に怖くなって、ルートは小さく息を吐き出すと、窓の側にまわって、窓から中を覗き込んだ。
その時
「何してるんだい?」
といきなり後ろから声が降って来てルートは飛び上がった。
「うおっ!」
と悲鳴をあげかけて、あわてて口を手で押さえる。
「あ…氷川さん…」
振り向くと、澄花の夫、氷川雅之が立っている。
「ここは…お友達の離れ?声かけないのかい?」
やっぱり少ししゃがれた小さな声。
にっこりと穏やかに言う様子は、どことなく安心感をもたらす。
「ああ、いえ、ギルベルトは兄なんですが…実は…」
ルートはギルベルトがアーサーがいなくなってひどく憔悴していて心配になったこと、今回二人が行方不明になった原因が自分の行動にあるため、もしかしたら兄が自分に会いたくないであろうと思うが、それでも会いたいし心配なのもあって窓から様子を見ようと思った事などを説明した。
全てを説明し終わると、雅之は
「座ろっか」
と、窓の下あたりに腰を降ろし、ルートにもうながした。
ルートはそれに従って同じく窓の下あたりに腰を降ろす。
「仲いい兄弟なんだね。」
雅之の言葉にルートはうなづいた。
「ルート君も彼女さん行方不明中なんだろ?
それでもまず自分の非を認めてそれときちんと向かい合って、その上で相手の心配できるって君は芯が強くて優しい子だな。
勉強できたりスポーツできたりとか言うより、それはずっとすごい事だと思う」
そういう評価の仕方は兄と一緒だな…と思うと、ルートは少し悲しくなって俯いた。
「冷えるから…」
膝を抱えて固まるルートに雅之が自分が着ていた羽織をかけてくれる。
「申し訳ない。大丈夫です」
それを制しようとして、顔を上げたルートは雅之の胸元に光るペンダントにきがついた。
チェーンに通してある指輪。
サイズ的には男物のようだから雅之のだろう。
結婚指輪なんだろうか…。
この年代だと指輪をするのが恥ずかしかったりするんだろうか?
そう言えば…と、それでまたルートは思い出す。
4人で持っていたお揃いの四葉のクローバーの押し花の入ったロケットをチェーンに通したペンダント…。
拾ったロケットは結局どちらのなんだろうか…。
フェリシアーノのかもしれないなら自分が欲しいが…アーサーのだったら兄にやらないと…。
前回の4人組の一人が亡くなった事が発端で起こった殺人事件で、兄と共に事件の解決に奔走したエリザが四葉のクローバーなんて葉が一枚かけたら幸せなんてなくなってしまうんだと言っていたのをルートは思い出して、また悲しくなってうつむいた。
その時…ガラっと頭の上で窓が開く。
「ルッツ…お前そんなとこで何してるんだ?いくらなんでも風邪引くぞ。入れよ」
若干元気はないが、いつもの…呆れた兄の声だ。
「えっと…そちらは?ご夫婦でいらしてた…」
ギルベルトは次に氷川に目を向ける。
「氷川雅之です。妻があれからまた事情聴取に呼ばれてね、一人でいても気になって眠れなかったんで外の空気吸ってたら君を心配して様子みにきてたルート君に会って…」
「そうでしたか。ギルベルト・バイルシュミットです。
よろしければ氷川さんもどうぞ。俺も眠れない組なので」
と、ギルベルトは氷川にもそう声をかける。
「そうか。申し訳ない。お言葉に甘えさせてもらうよ」
と氷川は入り口の方へとルートをうながした。
Before <<< >>> Next (11月22日0時公開)
0 件のコメント :
コメントを投稿