行方不明の恋人…
それは最初の殺人事件を思い出させる。
もう二度とあんな事は起こらない、起こさせないと思っていたのに、またあの地獄を体験する事になるなんて……
ああ、もういっその事気が狂ってしまえたらどんなにか楽な事だろう…。
ギルベルトは暗い部屋の畳の上で膝を抱えてうずくまっている。
さっきまであの温かいぬくもりがあった部屋…。
涙が頬を伝う。
何もする気がおきない…でも何もしないでいると嫌な想像がくるくる回る。
何度も吐き気がしてトイレに駆け込むが、全て吐いてしまったあとは胃液しかでない。
それでも収まる事のない吐き気。
怖い…つらい…死にたい…。
それでも…かなり確率は低いとは思うものの、生きてる可能性が0ではないと思うと死を選ぶ事すらできない。
携帯が鳴る…チラリと目をやる。ルートからだ…。
どうしても出る気がしない。
出たら八つ当たりをしてしまいそうだ。
何故、あの時自分に相談なんか持ちかけたのだ…と。
もちろん理性ではわかっている。
あの場で相談を聞くことにして、アーサーをフェリシアーノと2人きりにしたのは自分の判断だ。
ルートは悪くない。
でも今自分は色々いっぱいすぎて、そんな当たり前のことをちゃんと認識し続ける自信がない。
だからそのまま携帯を布団の中に放り込んだ。
いったんは鳴り止む携帯。
だが、再度鳴る。
もういい、電源を切ってしまえ、と、布団の中から携帯を取り出して切ろうとして、しかし何度もかかってくると言う事は緊急の連絡と言う事もありうるか…と、ギルベルトは通話ボタンをタップした。
「どうした?ルッツ」
と、実際に出ると意外に落ちついた声が出せる。
これも常に責任者で居ることを求められてきた人生の訓練の賜物だろう。
それに電話の向こうで弟がホッと息を吐きだす気配。
「少し冷静になったようで、安心した」
という声に、
(冷静じゃねえよ…)
と、心の中で突っ込みをいれながら、しかし表面上は
「何か急用か?」
と、淡々と聞く自分がいた。
そこで普段の自分なら弟の状況をまず心配する言葉をかけているよな…それがない時点でいつもと違って余裕がないんだな…とギルベルトは自己分析をする。
それと共に、その事に気づいていない弟はやっぱりもう少し物理的な事象だけじゃなく、人の感情の機微や複合的な状況把握ができるようにならないと、大きな何かを動かす人間になるには困るな…全てが終わったらそのあたりを説明してやろう…などと、おそらく無意識の自己防衛なのだろう。
そんな風に明後日の方向の事を考えた。
そんなギルベルトに気づく事もなく、ルートは聞かれた事が全てなのだろう。
「急用と言うか…報告なのだが…」
と、話し始める。
それでもそれは確かに必要な報告だった。
「警察からフェリシアーノの実家の方に連絡がいったらしい。
犯人から身代金の要求があったようだ。
5000万をルイヴィトンのスーツケースに入れて用意しろということで、財閥の総帥の祖父が銀行開く9時には代理人に届けさせるが、今フェリシアーノの親も祖父も海外なので、警察の方には今後何かあったら俺達によろしくと言ってあるからという事なのだが…」
「ちょ、それで良いのかよっ、フェリちゃんの親は!!」
と、その報告に、さすがに落ち込んでいても突っ込みを入れずには居られないギルベルト。
それに同意するようにルートも電話の向こうでため息を付いている。
「つまり…まあ、フェリシアーノの親、ということだな。
あいつの家は非常にアバウトすぎる祖父が全ての実権を握っていて、その祖父が何故か俺に過剰な期待をしているフシがあるのだ。
前回の殺人事件も、事件を解決したのは俺ではなく兄さんなのだがな……」
跡取りが誘拐されたというのに、ヴァルガス家は…いったい…。
ギルベルトは軽く目眩を覚えた。
危機感という文字が辞書にないんだろうか…。
それでも新たに進展のあった状況に、少し吐き気が収まって来た。
とりあえず…今回の殺人事件関連じゃなくて身代金目的なら充分無事返される可能性はある。
そう思い始めると、なんとか呼吸も楽になってきた。
そうして少し落ち着いてようやく周りが見える様になってくると、一息入れる気にもなって来て、とりあえず茶を入れて一服する。
その後しばらくすると、ギルベルトはふと窓のあたりからする小さな声に気がついて、そちらへと足を向けた。
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