悩みも解消したことだし、そろそろ花火が始まるので急がねば…そう思って歩きだすルートの腕をふいにギルベルトが掴んで止めた。
…が、少々遅かったらしい。
ぶつかりこそしなかったものの、互いに慌てて足を止めたため、勢いで地面に転がった二つの紙コップ。
と、先に状況を把握していたギルベルトが弟の代わりに謝罪すると、
「あ、ううん、こっちこそごめんね。熱いのかからなかった?大丈夫?」
とにこやかに答えたのは例の中年夫婦の豪快な妻、澄花だ。
そこでようやく状況を把握して謝罪するルートのシャツを
「あっちゃ~ちょっとかかっちゃったか。大丈夫?火傷してない?」
と、澄花はあわててハンカチで拭いてくれる。
「いえ、しぶきが飛んだくらいなので。それより申し訳ない。お茶ダメにして」
と、大きな身体を縮めるようにして再度謝罪をするルートに、澄花は
「ううん、どうせそこで旅館がただで配ってる奴だから気にしないでっ。またもらってくるからっ」
とハタハタ顔の前で手を振って笑う。
「君達も花火見物ならもらってきたら?着込んでてもさ、寒いし暖まるわよ~」
澄花に言われて、思い出した。
そうだ。飲み物を調達すると言って先に行っていてもらったのだから、飲み物を持って行かねば…。
ちょうど良かった、と、母屋へ向かう道々にルートがそんな事を考えている間、ギルベルトは会話を続けている。
「やっぱりご夫婦で花火見物ですか?えっと…」
ギルベルトが言うと、澄花は
「氷川澄花よ。旦那は雅之。君はえっと、ギル君っ!お友達も彼女もそう呼んでたわよねっ」
と、気さくな笑顔を浮かべた。
「ギルベルト・バイルシュミットです」
とギルベルトも卒の無い様子で自己紹介をする。
そうして旅館が配っているお茶をとりあえずアーサーとフェリシアーノの分に二つもらうと、西側のベンチに急ぐ。
もう花火が始まっている。
(…おろ?)
ひょいっと覗き込むも、確かに先に行ったはずなのにベンチには二人の姿はない。
いったんベンチにお茶を置いて、あたりを見回すバイルシュミット兄弟。
「お姫さん?フェリちゃん?!」
少しベンチの周りも探すがやっぱりいない。
不安が胸裏をよぎる。
その時だった。
聞き覚えのある黄色い声が響いて来る。
「あ~今日は男の子だけなのねっ♪一緒に花火見物どう?あとの二人もすぐ来るからっ」
行きにはしゃいでたOL3人組の一人だ。
「いえ、はぐれただけなので」
とギルベルトが即答して、ルートの腕をつかんで離れようとするが、
「んじゃ、いいじゃない♪女の子達も意外に合流諦めて二人で花火見物してるかもよ?」
と、二人の前に回り込んだ。
まずい…と、ルートは青くなった。
確かに兄ギルベルトは自分に比べると遥かに人当たりは良い方だが、今はダメだ。
出会ってからの諸々の経緯もあって、アーサーの安否がはっきりしていない状況だと、子育て中の野生動物くらいには、ピリピリしている。
案の定、
「それはあり得ないので。どいて頂けませんか。これ以上の妨害は敵対行動と見なしますが?」
と、スっとギルベルトが静かに殺気立つ。
「…ヒッ…」
OLはその場で青くなって固まった。
そして一瞬のち、ハッとしたように駆けだしていく。
そして兄弟2人きりになって、ルートはどうして良いかわからず途方に暮れた。
…が、その時である。
後ろから
「あの…」
と、声がした。
振り向くと、行きのバスで夫婦で来ていた老女が、後ろに立っている。
「はい?」
「違ってたらごめんなさいね…、これ…あなたのかしら?そこの茂みで拾ったんだけど…」
そういう老女の手には四葉のクローバーのペンダント。
年末にアーサーが全員にプレゼントしてくれた物だ。
もちろんルートは自分のは身につけてるし、ギルベルトもそのはず。
…という事はこれはアーサーかフェリシアーノの物のはずだ。
「あ、はい、そこでってどこです?!」
と、ルートを押しのけるようにハンカチを出してそのペンダントを受け取るギルベルト。
ルートも後ろからそれを覗き見る。
すると、ペンダントになってたはずだが、チェーンがついていないことがわかった。
「えと…そこ…なんですけどね…」
老女が指し示す地面を凝視するギルベルト。
次にそれが落ちていたと言う地面から上の木を視線でたどる。
その視線が一点で止まる。1mちょっとくらいの位置の木の枝だ。
そして顔面蒼白。
「現場維持しとけっ!絶対いじるなっ!いじらせるなっ!」
とルートに叫んで母屋へと駆け出していった。
ギルベルトは走りながら改めて脳内を整理する。
見つけたのは枝についていた擦ったような跡。
チェーンはその場になかった。
そこから導きだされる情景は…アーサーかフェリシアーノ、どちらかのペンダントが枝にひっかかった。
無理にひっぱったのでチェーンが切れた。
草の上に転がるロケット。枝にひっかかったチェーン。
二人のどちらかが自分でひっかけたなら、チェーンを回収した時点でひっかけてペンダントがちぎれたのは気付いているわけだから、ロケットを拾わないはずはない。
あれはアーサーが4人でお揃いにと長い時間をかけて探した四葉の押し花入りなのだ。
…ということは…拾える状況じゃなかったということで…
嫌な予感がヒシヒシとギルベルトを蝕んで行く。
色々がフラッシュバックする。
忘れ物を取りに行った帰り道…アーサーは…なんて言った?
「これが最後の機会…な気がして」
雨のためじゃない…。あれは……まさか虫の知らせ?!
母屋についてフロントに事情を説明して警察を呼んでもらう。
それから念のためにと自分達とルート達の離れを見に行くが当然二人ともいない。
強烈な吐き気…。呼吸がうまくできない。
それでも…
(…動けっ!止まるなっ!!)
ふらつきながらも母屋にまた戻った。
そして母屋に辿りついたその時…!!
その時!
「大変ですっ!!!」
と、各部屋を念のためにと確認しにいった従業員が顔面蒼白で戻って来た。
「小澤様が殺されてますっ!!」
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