温泉旅行殺人事件_夫と妻と元恋人

という事で宿は電車で3時間。
静かな山間にある高級旅館らしい。

山間の駅に着くと、そこからはマイクロバスで旅館に向かう事になっている。

はしゃぎすぎてともすればはぐれそうな恋人の手をしっかり握りつつ、片手で2人分の荷物を持つルート。
その前方にはやはり恋人の荷物まで一緒に持ちながら恋人と2人で地図を確認するギルベルト。

温泉地なので数多く停まっている旅館直通のマイクロバスの中で、紫葉荘…と書いてあるマイクロバスを見つけると、4人それぞれ乗り込んだ。


中にはすでに老夫婦が一組、中年…30代後半から40代前半くらいだろうか、の男性が一人、それからOLらしき女性3人組が乗っている。

通路を挟んでそれぞれアーサーとギルベルト、ルートとフェリシアーノと2人ずつ並んで席につくと、
「ね、あの男の子、すっごい美形♪隣の子…彼女かなぁ…」
などと女性陣がコソコソと噂をする声が聞こえる。

それに反応してギルベルトがやや複雑な表情で
──お姫さんは俺のだから…
と、小声でぼそりと呟いた。

それに呆れたため息をこぼすアーサーとルートと、小さく吹きだすフェリシアーノ。
ギルベルトを除くその場にいる全員が、彼女達が噂している対象はわかっているわけなのだが、その本人だけはこの世の全ての人間が自分の恋人を狙っていると思っているらしい。

──アーサーだと…美形っていうより、可愛いって言われそうだよね。
──うむ…あれはどう聞いても兄さんの事を言っているんだと思うぞ?
──俺の隣はギルだし、ギルは“彼女”には見えないと思う。

と、3人それぞれの意見。

まああの言葉でアーサーのことだと思って妬くくらいなのだからなびいたりする事はないのだろうが、それでも恋人が今時のそこそこ綺麗な女性に褒めそやされていると、こんな貧相な男の自分を恋人にしているよりは、彼女達の方がお似合いなんじゃないだろうか…と、アーサーの中で不安な気分が持ちあがってくる。

じわりと浮かぶ涙。

「どうした?!お姫さん、気分悪いか?
車は平気だったよな?バスダメなら俺らだけタクシー拾ってタクシーで向かうか?!!」
と、ギルベルトはそれに当然のように気づいてアーサーの目にハンカチを押しあてる。

そうして肩に手を回し、他から隠すように抱き寄せて、顔を覗き込んで心配してくる恋人に、アーサーが首を横に振って大丈夫な旨を伝えると、ギルベルトは

「…本当に…気分悪い時は言ってくれよ?
お姫さん以上に大事なもんなんてこの世にないんだからな?」
と、念押ししながら、ちゅっと額に口づけを落とした。

それを見て、

「…アツアツだ……」
「…彼氏の方がめちゃ惚れこんでる感じのカップル?」
「…確かに彼女、可愛いよね。お人形さんみたい。ベタベタになる彼の気持ちも分かる感じ」

などと、おそらくどの会話も深い意味なんてないのだろう。
それでOL達の興味はアーサー達からそれて、中央あたりに1人で座る中年男性へと移っていった。


男性は中年といってもまあ整った顔の、イケメンと言ってもいいくらいの容姿で、少し沈んだ様な憂いを帯びた表情が、OL達の関心を呼んだようだ。

「こんにちはぁ♪一人旅ですか?私達都内のOLなんですけどぉ…」
と、いきなりOLの一人が声をかけた。

男性は考え事をしていたらしく、声をかけられて驚いた様子でビクっと顔をあげる。

「え、ええ。まあ…」

男性が笑みを浮かべて曖昧な返答を返したその時、最後の一組らしい、男性と同じくらいの年代の夫婦が乗って来た。

「お嬢ちゃん達、彼に騙されちゃだめよ~。そいつはすっごいタラシなんだからっ」

最後にのって来た夫婦の女性の方が、そう言って、その中年男性に
「光二、おひさ~♪相変わらずじゃない♪」
と手を振った。

手を振られた光二と呼ばれた男性は幽霊でもみたかのように目を見開いて硬直する。

「澄花…どうして…」
それだけ言って言葉をなくす男性の横を通り過ぎて、その後ろに夫と共に座ると、澄花と呼ばれたその女性は、

「お待たせしてごめんなさいね。出して下さって結構です」
と、前の運転手に声をかけて、バスは発車した。



バスが動き出すと、その二人の態度にOL達は興味津々だ。

「お二人お知り合いなんですか~?」
ときゃいきゃい声をあげる。

中年男性はそのまま硬直しているが、女性の方はにこやかにうなづいた。

20年も前に別れた彼氏よ~♪
もうね、浮気はとにかくとして、彼女の親友に手だすって神経がしんっじられないわっ。別れて正解♪
今の旦那は結婚15年になるけど一回も浮気なんてしたことないわよっ」

あっけらかんと言う女性に、さらにはしゃぐOL達。
言われた中年男性はやっぱり硬くなって無言だ。
その女性の隣に座っている夫の方は、そんな妻に少し苦笑している。

「もしかしてっ、お二人誘い合ってなんですか?」
「こら、旦那様に失礼でしょっ」
OL達の黄色いおしゃべりは延々と続く。


(空気読めよ…OL
と、ギルベルト達4人はそれぞれ思ったが、妻も夫も気にしてないらしい。

妻はまた豪快に笑って

「そそ!旦那見せびらかしにっ!
顔はあれだけど、むっちゃ誠実そうでしょ?
結婚するならやっぱり不実なイケメンより普通の誠実な男よっ?」

と夫を振り返って、振り返られた夫の方は

「よさないか、澄花。みなさん、すみません」
と低いちょっとしゃがれたような小さな声で言うと照れ笑いを浮かべた。


「奥さん…今すごく幸せなんだな」
アーサーがそれを聞いて嬉しそうに微笑む。

「だよなぁ。なんか昔浮気された男に幸せ見せびらかしにってのがいいよなっ」
と、ギルベルトも笑った。

OL達も同じ事を思ったのか夫婦を冷やかしたりしながら、なごやかな空気で3時過ぎに旅館到着だ。



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